株式会社 日立製作所 小幡未央・出口興亮・多田克己/日立チャネルソリューションズ株式会社 横山高士
日立の情報通信部門が行っているサステナビリティ推進活動「社会イノベーション事業体験ワークショップ」に参加した社員、小幡未央・出口興亮・多田克己・横山高士のマインドの変遷を追う全3回連載。インドネシアの環境問題の一因である「零細農家による違法な焼き畑農法」を減らし、なおかつ収益性も確保できるビジネスアイデアを構想するまでの4人の試行錯誤とは。

「第1回:『レバレッジポイント』までの回り道」はこちら>
「第2回:『社会課題を解決するビジネスアイデア』という難題」
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普段のビジネスとは違う、2つの意識

『零細農家による違法な焼き畑農法を減らす』というレバレッジポイントを見出した4人だが、焼き畑問題の解決と収益性を両立するビジネスアイデアはなかなか生まれなかった。

「アイデアはたくさん出てくるのですが、ビジネスとして成り立たないものばかりでした。普段の仕事では常に、お客さまが困りごとを抱えている状況がスタートです。ところがこの場合は、お客さまがいない。でも社会課題は存在している。取り組む意識を普段の仕事とは変える必要がありました」(多田)

苦心の末にチームが見出したのが「プラットフォームビジネス」という発想だ。

「零細農家が持続可能な農法にシフトできるように、栽培や流通を支援するプラットフォームを創る。そこに、我々が日立の強みと考える、さまざまな技術やノウハウを持った各事業部や、日立を信頼してくださる企業、団体に参加していただくというアイデアにたどり着きました」(横山)

しかし、プラットフォームを活用してどのようなサービスを提供するかで難航した。

「零細農家が違法な焼き畑農法をやめるためのインセンティブは何か。生産から販売までのプロセスのうち、どこからどこまでをプラットフォームでカバーするか。メンバーそれぞれがデータを根拠に持論をぶつけ合うので、ビジネスアイデアの要素ひとつを決めるのに数時間ディスカッションしたこともありました」(出口)

また、一種の「職業病」にも悩まされたと横山が明かす。

「プラットフォームを用いたビジネスモデルを組み立てていくなかで、『ここに日立の技術をどう組み合わせるか』という従来の事業起点の思考に何度か陥ってしまいました。『どんな技術を使うかは、あとで考えればいい。いま大事なことは、農家が求めていることは何なのかを考えて情報を集め、アイデアに活かすことです』。講師の濱川明日香さんにそう指摘され、課題の当事者である農家の目線で考えるよう意識を変え、アイデアを磨き上げていきました」

対面で行われた2回目の全体セッションで、インドネシアで活動する講師からオンラインにてフィードバックを受けるチームメンバー。左から出口興亮、小幡未央、多田克己、横山高士。

インタビューで見えてきた、ダヤク族の環境意識

4人は、関係者インタビューを通じた情報収集を開始。インドネシアでカカオ栽培を支援している日本の製菓用チョコレートメーカーをはじめ、日立とこのワークショップを協働運営しているNPO法人クロスフィールズに仲介支援してもらい、現地の農家への助成事業を行っている団体や、零細農家からココナッツを買い付け、ココナッツシュガーの加工販売を行っているメーカーへのインタビューを実施した。

さらに、4人が想定していたインドネシアの状況と零細農家の実態とのギャップを埋めるべく、現地の焼き畑事情に詳しい日本国内の研究者にもインタビューを敢行しようとしたが、叶わなかった。12月の最終プレゼンまで、残り数週間しかない。タイムリミットが近づくなか、壁を突破したのがメンバーの多田克己だ。

日立製作所 多田克己(左端)

「5年前に静岡新聞に掲載されていたインドネシアの留学生の記事から、複数の伝手(つて)を経て現地のダヤク族にたどり着きました。そのなかで偶然、日本人を奥さんに持つ方が見つかったので、適任だと思いオンラインでインタビューをさせていただきました」(多田)

多田がインタビューで聞きたかったのは、焼き畑の実態と、何世代も前から焼き畑を伝統文化として続けている彼らの環境問題に対する意識だ。

「実際に話を伺ってまず驚いたのは、ダヤク族の方々の環境問題に対する意識の高さです。彼らは焼き畑が地球環境に与える影響や世間から問題視されている点を理解していましたし、社会から理解を得るための活動をしていることも教えてくださいました。実はこのインタビューをするまでわたしは、経済的に豊かになれば本当に焼き畑は無くなるのか、そもそも無くさなくてはいけないものなのか、捕鯨のように持続可能な範囲でほかの文化と共存できないものか、まだ確信を持てずにいました。ダヤク族の方々の思いに触れて、経済の側面だけではなく、文化的な側面からもアイデアを考えたほうがよいと確信しました」(多田)

社会イノベーション事業に欠かせない視点

4人を最後まで悩ませたのが、マネタイズだ。

「生活に苦しむ零細農家から資金を回収するわけにはいきません。最終的には、ビジネスプランを2つのフェーズに分けることにしました。第1フェーズでは無償で零細農家を支援して、違法な焼き畑からほかの農法に転換するようにリードし、農家の所得向上の実現をめざします。そして第2フェーズでは、零細農家を束ねるプラットフォームを企業に有償で提供するというプランを考えました」(多田)

零細農家の貧困を招いている原因の1つに、農作物の収穫から流通に至るまでのプロセスにおいて、輸送や販売などを担ういくつもの中間業者の存在がある。その都度発生する中間マージンをなくせば零細農家の収入は向上するが、「中間業者の仕事がなくなってしまえば、その人たちが不幸になってしまう。このビジネスプランによって新たな社会課題を生むことは避けたいと思いました」(多田)。社会課題を構造的に捉えたからこその視点だ。そこで第2フェーズでは、中間業者に輸送業務へとシフトしてもらい、鮮度を維持して農作物を流通させる「コールドチェーン」を新たなビジネスとして提案するという配慮もした。

2回目の全体セッションでディスカッションする4人

もう1つ、マネタイズの点で4人が苦心したのが、第2フェーズにおいて農家に支援サービスを提供する際の価格帯だ。

「現地の方が受け入れてくださる価格帯はどのくらいか。普段の業務では考えたことのない領域だったので、何度試算しても、どのくらい現実味を帯びているのか、自分たちでも最後まで確信が持てませんでした」(小幡)

社会課題をビジネスで解決するには、課題全体を構造的に捉え、中長期的な視点で事業計画を立てることが必要だという大きな気づきを得た4人。社会課題を解決すると消費市場も成長し、新たな収益創出の機会につながるプランを立てることでアイデアの実現可能性が見えてきた。

ただ、12月中旬に行われた最終プレゼンまでの最後の詰めの段階では、それぞれが本業との両立に苦しんだ。活動に充分な時間を割けず、一部のメンバーに負荷が偏ってしまうこともあったという。しかし、最終的にはうまく役割分担しながらそれぞれが自分の強みを発揮したことで、最終プレゼンは4人にとって納得のいくものに仕上がった。

第3回では、3カ月間インドネシアの環境問題に向き合うことで生じた4人のマインドの変化を追う。(第3回へつづく)

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小幡未央(こばた・みお)
株式会社 日立製作所 金融システム営業統括本部 金融営業第三本部 企画員
保険会社担当の営業としてシステム構築案件を中心に提案している。

出口興亮(いでぐち・こうすけ)
株式会社 日立製作所 社会システム事業部 交通情報システム本部 企画員
システムエンジニアとして鉄道会社向けのソリューション開発に従事している。

多田克己(ただ・かつみ)
株式会社 日立製作所 IoT・クラウドサービス事業部 働き方改革ソリューション本部 技師(主任)
エンジニアとして金融分野のシステム開発を経験したのち、働き方改革関連の事業創出に携わっている。

横山高士(よこやま・たかし)
日立チャネルソリューションズ株式会社 品質保証本部 コトづくり品質保証部 技師(主任)
ATM関連のソフトウェアの品質保証業務に携わっている。