株式会社日立製作所 執行役常務 金融ビジネスユニットCEO 植田達郎/株式会社ZENTech取締役 石井遼介氏
『心理的安全性のつくりかた』の著者である石井遼介氏と、日立の金融ビジネスユニットCEO植田達郎との対談。最終回となる第5回では、リモートの使い方、活かし方についてのディスカッションが行われた。

「第1回:心理的安全性とは?」はこちら>
「第2回:正解のある時代と、正解のない時代」はこちら>
「第3回:『挑戦の総量』を高める」はこちら>
「第4回:思考や言葉と距離をとる」はこちら>
「第5回:リモートだからできること」

リモート下での心理的安全性

植田
最後に、コロナ禍における心理的安全性のつくりかたというトピックでお話ができればと思います。日立も在宅勤務ベースになり、チームのメンバー同士でも自由に顔を合わせることが難しい状況になりました。その中でリーダーはチームをまとめ、仕事を進めていかなければなりません。そんなときに、チームの心理的安全性をつくるには、どのようなことに気をつけていけばいいのかをぜひ伺いたいです。

石井
リモート下で具体的に実行できる方法としては、できるだけ即“反応”することです。ここでは、“返信”と“反応”を分けることが重要です。メンバーが頑張って作成したボリュームのある資料を送ってきたりすると、上長としてはしっかり読み込んでから返信しようと思いがちなのですが、その資料を送付したメンバーの視点に立ってみると、「せっかく頑張って資料をつくったのにあの上司は全然返事をくれないし、怒っているのかな」などと、返信を待つ間いろいろと余計なことを考えてしまいます。

「資料を送ってくれてありがとう。今週はちょっとバタバタだから、週明けまでには見るよ」その一言を送るだけなら、15秒あればできると思います。これが“反応”ということです。その反応があるだけで、そのメンバーの週末の気持ちはだいぶ変わりますよね。

どんなに忙しくても、1行書いて反応する時間はとれると思いますし、今であればチャットシステムで、“見ました”とか“ありがとう”スタンプを送るだけでもいい。そういうちょっとした行動の積み重ねが、チームの雰囲気や心理的安全性を育んでいきます。

もうひとつは、心理的安全で話しやすいチームをつくるため、上司とメンバーで1 on 1を行うことも効果的です。1 on 1は、他のメンバーがいないわけですから部下からすれば上司も入ったあらゆる打ち合わせの中で最も話しやすいはずの場。少なくともここが話しにくいことには、組織やチームは心理的安全にはなりません。リモートでインフォーマルな1 on 1、つまりちょっとした雑談が減ってしまったいまこそ、1 on 1は重要でしょう。

もちろん、この1 on 1も強制的な建付けだと逆効果になる場合もありますし、ただ「やればいい」わけでもありません。1 on 1でも、「これを聞けばいい」「これを言えばいい」という正解があるわけではありません。冷静に考えると同意してもらえると思いますが、人間関係が最悪なメンバーと義務的に1 on 1をやっても、なにかのノウハウのお陰で「最高の30分になりました!」なんて、起きるはずはありません。

おすすめなのは、「あなたがあの部下だったら、あなたみたいな上司に心を開いて、なんでも話しますか?」という問いを自分自身に問うことです。もしその答えがNOであれば、まずは1 on 1を、上司が言いたいことを言う時間ではなく、部下のための気づきと学びの時間として捉え、いったんは傾聴に徹することが重要です。「全員が心理的安全性を持ったチームをつくりたいので、そのための1 on1です。まずはあなたのための時間として話を聴きます」といった約束をしてから、1 on 1の導入をはじめられるといいと思います。

全社員をターゲットにした銀の弾丸みたいなものを求めるよりも、「即反応」や「傾聴」のように、一人ひとりのリーダーが目の前の自分の行動を少しずつ変えていくということがやっぱり大事だと思います。

植田
おっしゃるとおりだと思います。今のお話ともつながるのですが、私たちは以前からタウンホールミーティングというものをやっていました。昔ですと、講堂みたいな所に100人単位でメンバーを集めて代表者がスピーチをして、最後に何か意見はありますかという質疑応答をするというものでした。

これをそのままリモートでやっても意味がないので、もっと人数を絞って私たちが一方的に話すだけではなく、チャットを使って双方向でタウンホールミーティングをしようということになりました。ここでは、例えば私と本部長が顔出しでディスカッションをする。それに対してどう思うかを直接質問してくる人もいますし、チャットでメッセージを送ってくる人もいます。それを私たちが拾ってさらにディスカッションをする、という形式に変えたんです。

以前の講堂で100人単位で集まってやっていたタウンホールミーティングよりも、人数が絞られているし、自分も直接参加できるので、コミュニケーションの密度が濃いものになってきました。今もこれを継続して行っています。

リモートでなければできないこと

石井
それはいいですね。タウンホールミーティングではありませんが、われわれもリモートを活用したトライアルを行っています。ひとつ、ある工場を持っているメーカーの例を挙げさせてください。

労働安全衛生、中でも工場の物理的な安全性を上げるということは、あらゆる工場で命題となっています。安全性を上げるためには、現場からのヒヤリハットの事例がきちんとあがってくることや、ある工場で起きたトラブルを他の工場にフィードバックすることで、同じ問題を繰り返さないことが大事なわけです。

心理的安全性の研修をリアルとオンラインのハイブリッド。具体的には、そのメーカーの役職者や本部の方々、工場の幹部にひと部屋に集まっていただき、その様子を全国何十カ所から、工場の現場で働くメンバーたちが聞いている。そんな場をつくりました。オンラインで聞いている方々は研修中、リアルタイムでチャットが送れるんです。そこで、例えば「これは危ないなと感じたけれども、上司や本部に言っても、どうせ聞いてもらえないだろうと思って言わなかった。そんなシーンがあれば教えてください」と、私が問いを投げかけます。

するとチャットに、現場の声が次々に集まってくるんです。「これが実際の現場の声です」というものを、その部屋にいる役職者の方々は目の当たりにすることになります。気づいていたけどあがってこない報告がたくさんあることを、役職者は学習することで今後の対応に活かすことができますし、現場の人たちもこれまで伝えられなかった現場の声を届けるきっかけができました。

コロナ禍においての状況からオンラインとリアルの共存が模索されている今、このようにチャットを使って、リアルタイムにたくさんの人たちの意見が可視化されるというのは、かなり有効です。

例えば500人の参加者がいて、似たような指摘が20個、30個書かれる場合もあるわけです。そうすると、これは誰かの特別な意見ではなくて、多くの人が良くないと思っている「なかったことにできない事実」として、これまでよりも力を持って上司や責任者の方々に改善を迫りやすくなります。

植田
よくわかります。対面ではできなかったことが、逆にリモートだとできる場合もある。やっぱり使い方次第ということですね。

石井
はい、そのとおりです。リモートのみや、ハイブリッドを余儀なくされる場合でも、人々が話しやすい、参加しやすい建付けを工夫したり、上司が自分自身の小さな行動の改善を通じて、メンバーとの人間関係をひとつずつつくっていけばいいのです。実は、われわれZENTechという会社も、私は創業後の1年間、シンガポールとニューヨークにいたので、当初からリモートでのスタートでした。コロナ禍より以前から私たち自身、リモートで仕事をしてきましたので、使い方次第ですということは実感を持ってお話することができます。

植田
そういえば『心理的安全性のつくりかた』を読んでいて、私は日立の研究者で幸福を研究している矢野和男フェローのことが頭に浮かんでいたのですが、著書の中に実際に矢野フェローの名前が出てきて驚きました。石井さんは矢野フェローと会われたことがあるのですか。

石井
お会いしたことはないんです。けれども、書籍などを通して学ばせていただいています。

植田
そうでしたか。石井さんと矢野フェローの対談があれば、ぜひ私も学ばせていただきたいです。まだお聞きしたいことがあるのですが、お時間がきたようです。

本日は貴重な機会をいただき、ありがとうございました。

石井
こちらこそ、ありがとうございました。

石井遼介 Ryosuke Ishii
株式会社ZENTech 取締役 一般社団法人 日本認知科学研究所 理事 慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科研究員 東京大学工学部卒 シンガポール国立大経営学修士(MBA) 修了 研究者 / データサイエンティスト / プロジェクトマネジャー

組織・チーム・個人のパフォーマンスを研究し、アカデミアの知見とビジネス現場の橋渡しを行う。心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発すると共に、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。2017 年より日本オリンピック委員会より委嘱され、オリンピック医・科学スタッフも務める。

植田達郎 Tatsuro Ueda
株式会社 日立製作所 執行役常務 金融ビジネスユニットCEO
1987年日立製作所入社。2012年 情報・通信システム社金融システム事業部メガバンク統合推進本部長。2019年金融ビジネスユニットCOOを経て、2021年4月から現職。