株式会社日立製作所 執行役常務 金融ビジネスユニットCEO 植田達郎/株式会社ZENTech取締役 石井遼介氏
『心理的安全性のつくりかた』の著者である石井遼介氏と、日立の金融ビジネスユニットCEO植田達郎との対談。第4回は、効果的なフィードバック、そしてマインドフルネスに関してディスカッションが行われた。

「第1回:心理的安全性とは?」はこちら>
「第2回:正解のある時代と、正解のない時代」はこちら>
「第3回:『挑戦の総量』を高める」はこちら>
「第4回:思考や言葉と距離をとる」
「第5回:リモートだからできること」はこちら>

期待とセットでフィードバックする

植田
せっかくの機会なのでお聞きしたいのですが、たとえば私がマネジメントする管理職の人から報告を受けたときにフィードバックを返すわけですが、そこできちんと伝えたいことを受け取ってもらえているか。私自身が相手に受け取ってもらえるようにフィードバックできているのかということが気になっています。

石井
フィードバックの受け取られ方で気になるのは、特に耳の痛いことを言わなくてはならないときですよね。そんなとき大切なのは、「期待とセットで」伝えることです。つい相手には「ここが足りていないぞ」「ここをもっとちゃんとやってくれ」などと言ってしまいがちです。それを、「〇〇さんだったらここまでやれると思っています。そこに行くために、あとこれがあるといいんじゃないかな」というフィードバックに変えていく。伝え方ひとつではあるのですが、期待とセットだと、至らない点を指摘されているだけではなく、期待されているレベルに行くための階段を示してもらえている感覚になるので、相手も聞き入れやすいと思います。

植田
なるほど、すごく腹落ちしました。

石井
意外とフィードバックする方も、その人にどうなってほしいかという期待のほうを描けていなかったりするんです。「ここができていないな」「ここは気になるな」というポイントは頭にあっても、何をどこまでして欲しいか、どのように成長してほしいかという期待は描けていないことが多いので、一度その期待を書き下してみると一緒に進めやすくなると思います。

Don’t think. Feel!(考えるな、感じろ)

植田
もうひとつ石井さんにぜひお聞きしたいのが、マインドフルネスについてです。『心理的安全性のつくりかた』も、そういった考え方をベースに書かれていますし、スティーブ・ジョブズが禅に傾倒していたり、アメリカの西海岸ではトレーニングとして取り入れているIT企業も多いようですが。

石井
そうですね。マインドフルネスは効果的だと思います。実は私が役員を務めるZENTech社の代表取締役は禅のお坊さん、禅僧なんです。もともとは東証1部上場不動産グループの複数社で社長をやっていたバリバリのビジネスパーソンだったのですが、東日本大震災を機に出家して禅僧になって、もう一度経済界に舞い戻ってきた、そういう人間です。ですので当社も特に経営者向けに、坐禅・マインドフルネスの研修のご依頼をいただくこともあります。

マインドフルネスは、一言でいうと「思考や言葉の世界から、いかに距離をとるか。」それだけなんです。マインドフルの逆、マインドレスな状態と対比してみるともう少し分かりやすいと思いますが、マインドレスとは上の空であるということ。たとえば考え事をしながら歩いている時、周りの景色が目に入っているのに見えていないような時のことです。

マインドレスに陥る思考や言葉の世界から距離をとり、マインドフルにいま・ここにある五感からの情報に気づくために、坐禅やマインドフルネスの実践は、もちろん役に立つと思います。

ただ、スマホやニュースなど、坐禅やマインドフルネスが生まれた時代にはなかった多くの刺激に慣れたわれわれがもう少し取り組みやすいものでいうと、例えばご飯をゆっくり味わっておいしく食べるということも、毎日できてちょっと楽しいマインドフルネスです。

マインドフルネスというのは、元々は仏教だったわけです。そこから宗教性を取り除き、科学を持ち込んで統合したマサチューセッツ大学のジョン・カバット・ジン博士という方が、マインドフルネスストレス低減法(MBSR)という手法を開発し、そこから広まっていきました。

その手法の中に「気づきをもってレーズンを食べる」というワークがあるのですが、わざわざレーズンを用意しなくても、日々の食事で実践してみると取り組みやすいですよね。つい忙しいと、パンやおにぎりを短時間で流し込むようにマインドレスに食べて終わりにしてしまう食事を、時間をつくって、味覚や香りに集中し、ゆっくりと味わって食べる。それも、毎日できるマインドフルになるためのトレーニングなんです。思考の世界から距離をとって、きちんと自分の五感のインプットに触れると、感受性を取り戻せる。感受性が取り戻せると、変化や違和感に気づきやすくなり、自分自身の行動をしなやかに変えていける。それがマインドフルネスの効果です。

植田
決してハードルが高いものではないということですね。

石井
そのとおりです。例えば、メンバーと1 on 1のミーティングをする場合でも、思考の世界にとらわれていると相手が言ったフレーズだけを情報処理してしまいがちですが、マインドフルに相手を見ていると、「大丈夫です」と言ってはいるけれども、声のトーンや表情がいつもと違うな。実は全然大丈夫そうじゃないな、と気づくことができる。それを思考の世界だけで情報処理をすると、「彼は大丈夫と言ったから大丈夫だ」で処理は終了してしまいます。マインドレスだとその時の違和感に気づいていればケアできたものも、できなくなってしまいます。

自分の思考の世界から距離をとり、五感のインプットにも意識や注意の焦点を向ける。そういう感覚を持ったマインドフルなリーダーが組織の中に増えていくと、コミュニケーションの齟齬が減っていくと思います。

植田
ブルース・リーが、『燃えよドラゴン』の中で言っていた、「Don't think. Feel!(考えるな、感じろ)」というフレーズを思い出しました。あれも元々は禅の言葉だったそうですが。

石井
そうですね。Don’t think, Feel! は、まさに禅の教えそのものです。禅のことば、禅語で「不立文字(ふりゅうもんじ)」という言葉があるのですが、禅の教えというのは言葉で伝えきれるものではないので、体験、体得するしかないという意味なんです。リーダーの仕事は、もちろん考え抜くことも要求されますが、特に組織やチームの文脈においては、目の前で起きているできごとや、目の前にいる相手を、ただ体験する・ただ受け止めるということも重要なことと言えるでしょう。(第5回へつづく)

「第5回:リモートだからできること」はこちら>

石井遼介 Ryosuke Ishii
株式会社ZENTech 取締役 一般社団法人 日本認知科学研究所 理事 慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科研究員 東京大学工学部卒 シンガポール国立大経営学修士(MBA) 修了 研究者 / データサイエンティスト / プロジェクトマネジャー

組織・チーム・個人のパフォーマンスを研究し、アカデミアの知見とビジネス現場の橋渡しを行う。心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発すると共に、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。2017 年より日本オリンピック委員会より委嘱され、オリンピック医・科学スタッフも務める。

植田達郎 Tatsuro Ueda
株式会社 日立製作所 執行役常務 金融ビジネスユニットCEO
1987年日立製作所入社。2012年 情報・通信システム社金融システム事業部メガバンク統合推進本部長。2019年金融ビジネスユニットCOOを経て、2021年4月から現職。