一橋ビジネススクール教授 楠木建氏/法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授 米倉誠一郎氏
気心の知れたお二人による、2022年新春対談。話はクラシック音楽へと急展開。時間を過ぎても、二人の音楽談義は止まりません。

「第1回:ビートルズというイノベーション。」はこちら>
「第2回:世界共通語。」はこちら>
「第3回:バルマーの部下が見つけた宝物。」はこちら>
「第4回:イノベーターのオーラ。」はこちら>
「第5回:クラシック界のイノベーター。」

※本記事は、2021年10月28日時点で書かれた内容となっています。

楠木
僕はクラシックをほとんど聴かないのですが、うちのママ(奥様)が大好きなんです。2021年の「ショパン・コンペティション」で2位になった反田恭平(そりだきょうへい)さんというピアニストの演奏を、3~4年前に聴く機会がありました。ソニーの大賀さんの奥様でピアニストの緑さんが、毎年夏に軽井沢大賀ホール(※)で開催されるクラシックコンサートがあるんですけど、そこに招待していただいたとき、たまたま反田さんのピアノを聴いたんです。

※ 軽井沢大賀ホール:長野県北佐久郡軽井沢町にあるコンサートホール。当時ソニーの名誉会長であった大賀典雄氏から寄贈された16億円の資金等によって建設され、2005年4月9日に開館した。

米倉
ああ、そんなに以前から知っていたんだ。

楠木
はい。クラシックファンのうちのママは、反田さんのピアノを聴いた瞬間から腰を抜かすほど驚いていましたが、クラシックに明るくない僕でも、その演奏はガツンときました。彼の音楽は、知識や音楽的経験とかすべてを飛び越えて感動させる力があった、彼は現在進行形のイノベーターですね。

米倉
彼のピアノは、そんなにすごいんだ。僕もちょうど数日前に「ショパン・コンペティション」の記事を日経で読んだときに、彼は音楽のために体を鍛えていて、鍵盤に行く力というのは指ではなくて体幹だという話が載っていて、面白い人だなと思っていました。

楠木
その後、反田さんと食事をする機会があったんです。そのときに出た話で、反田さんは本当は指揮者をやりたいそうなんです。それも、これまでの伝統的な指揮者ではなくて、自分のオーケストラを持って、そこでピアノを弾きながら指揮棒を振る。そういうことをやりたくて、実際に2~3年前から会社を自分で起こして動き出しているという話を聞きました。

米倉
アントレプレナーなんだ。

楠木
そう。

米倉
別に楠木君に対抗するわけじゃないけど、僕もクラシック界のイノベーターで注目している人がいるんです。ベネズエラ出身の指揮者でグスターボ・ドゥダメルという人、知っています?

楠木
いえ、まったく知りません。

米倉
ベネズエラには、極度に貧しい若者が薬物などの犯罪に走らないために、エル・システマ(※)という公的な音楽教育プログラムがあって、グスターボ・ドゥダメルは5歳からそれを受けてきた人なんです。12歳から指揮をはじめて、そこからクラシックの大御所の目にとまり、2004年の『グスタフ・マーラー国際指揮者コンクール』で優勝して注目された、天才指揮者です。

※ エル・システマ(El Sistema):ベネズエラで行われている公的融資による音楽プログラムの有志組織。1975年に経済学者で音楽家のホセ・アントニオ・アブレウ博士によって設立された。

楠木
(スマホで検索して)一見すると、若き日のマラドーナみたいな印象ですね。1981年生まれだから、まだ41歳、若いですね。

米倉
若い。彼の指揮する姿にはオーラを感じます。人とは違う何かを持っている、そう思わせるオーラがあります。

楠木
グスターボ・ドゥダメルさんもそうかもしれませんけど、世の中を変えるようなイノベーターというのは、「抑圧という制約」の中から生まれてくるものなのかもしれないですね。

米倉
辺境とか貧困といった制約の中にいる人は、解放に向かうけた外れのエネルギーを秘めているということなんでしょうね。このエル・システマは、経済基盤が弱いから新しい楽器なんて買えない。先進国から送られて来るゴミの山から古い楽器を見つけ出し、修理して子どもに音楽を教えているのです。そのWebサイトの中に、「彼らは汚いゴミを送って来た。僕たちはそれを美しい音楽で返した」というのがあるんですが、まさに、そうしたエネルギーがあふれている。

楠木
グスターボ・ドゥダメル、ぜひ聴いてみたいと思います。

米倉
今日の結論としては、自分がイノベーターだという人にイノベーションは起こせない。そしてイノベーションは制約から解放されたときに起きる、ということですかね。

楠木
そうですね。まとめていただいたところで、お時間となりました。米倉さん、本日はどうもありがとうございました。

米倉
こちらこそ。楽しかったね。

対談終了後、撮影のセッティング中も、撮影中も、次のお仕事に向かうまで、自分たちのバンドのこと、米倉先生がコロナ禍で3本もベースギターを購入したこと、サビでAmからAに行くジョージ・ハリソンの才能など、お二人の音楽談義が途切れることはありませんでした。

米倉 誠一郎(よねくら・せいいちろう)
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授、一橋大学 名誉教授。
1953年東京生まれ。一橋大学社会学部および経済学部卒業。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。ハーバード大学Ph.D.(歴史学)。2008年より2012年まで同センター長。2012年よりプレトリア大学ビジネススクール(GIBS)日本研究センター所長を兼務。2017年より一橋大学名誉教授・『一橋ビジネスレビュー』編集長、法政大学大学院教授。2020年よりソーシャル・イノベーション・スクール(CR-SIS)学長。

楠木 建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

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この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

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・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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