一橋ビジネススクール教授 楠木建氏/法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授 米倉誠一郎氏
気心の知れたお二人による、2022年新春対談。話は音楽からイノベーターのオーラへと、さらに転がり続けます。

「第1回:ビートルズというイノベーション。」はこちら>
「第2回:世界共通語。」はこちら>
「第3回:バルマーの部下が見つけた宝物。」はこちら>
「第4回:イノベーターのオーラ。」
「第5回:クラシック界のイノベーター。」はこちら>

※本記事は、2021年10月28日時点で書かれた内容となっています。

楠木
僕が小さい頃、旧軽井沢に一軒だけ本屋さんがあったんです。もうとっくにないのですが、その本屋さんに子どもの僕が入ろうとしたとき、中からジョン・レノンが出てきたんです。

米倉
ええっ、本当に??

楠木
本当に!

米倉
そうか、でもオノヨーコと軽井沢によく滞在していたみたいだから、不思議ではないのか。

楠木
「あ、ジョン・レノンだ」と思っているうちに、本人は自転車に乗って走って行ってしまいました。ただ自転車に乗って走り去るその姿に、圧倒的なオーラを感じました。あのオーラ、イノベーターが持っているオーラって何だと思います? 

米倉
オーラの正体は僕も良くわからないけど、でも、確かに何かを感じさせる人はいます。GEのジェフ・イメルトやグラミン銀行のムハマド・ユヌス博士なんかすごかったな。僕が『一橋ビジネスレビュー』の経営者インタビューで強く感じたのは、20年くらい前のヤマト運輸の小倉昌男さん、キヤノンの御手洗富士夫さん、日本電産の永守重信さん、それと当時大活躍中の日産のカルロス・ゴーンさんだった。

楠木
あ、そうなんですか。それは彼が40代のバリバリのときのことですか。

米倉
そう、日本に乗り込んで来て大成功した頃に『一橋ビジネスレビュー』でインタビューしたんです。そのときに彼が言ったのは、日産リバイバルプランというのは、社内ではすでにでき上がっていた。ただ、それを自分が実行しただけなんだという話を聞いて、この男はすごいと思いました。あの頃は謙虚だったんだよね。

楠木
オーラを感じましたか。

米倉
そのときは圧倒的なオーラでした。しかも話の一つひとつがきわめてロジカルなんです。「この工場をなぜ閉じるのか、それは船が沈もうとしているときだからだ。今は少しでも船を軽くする必要がある。船が沈まなければ、もう一度乗船する機会を提供できる。船が持ち直せれば、工場を再開することも不可能ではない」。すべてが明快でロジカルでした。

楠木
もちろん優秀な人なのでしょう。その後はゴーンさんにお会いする機会はありましたか?

米倉
いや、全然会っていないです。

楠木
僕は日産が立て直しに成功したずっと後に、日産の大きな会議室でお目にかかりましたが、とにかく周辺の反応からして、そのときのゴーンさんはビッグな人が来たという印象しかないんです。

米倉
それにしても、ジョン・レノンを見たというのはうらやましい。僕も会ってみたかった。

楠木
会ったというより、見ただけですけどね。米倉さんはビートルズ以降で衝撃を受けた音楽は何ですか。

米倉
ザ・バンド(※)です。

※ ザ・バンド:1967年から1976年までアメリカで活動したロックバンド。メンバーチェンジやサポートメンバーを加えながら1999年まで活動した。

楠木
ザ・バンド、王道ですね。

米倉
やっぱりこれも『未知との遭遇』なんだね。世界中で、ザ・バンドにやられた人たちが同時多発で現れる。ザ・バンドには、映画の『イージー・ライダー』(ザ・バンドのThe Weightが主題歌だった)や『カッコーの巣の上で』と同じように“人間を解放する”というメッセージが根底にありました。それは、まさにイノベーションの本質だと思うんです。

楠木
つまり物事は放っておくと、抑圧の方向に動いていってしまう。それを解放するのがイノベーションだということですか。

米倉
そう、解放。リリースだね。

楠木
米倉さんはそれ以降も新しい音楽って聴きますか?

米倉
聴きますが、衝撃を受けるということはあまりなくなりました。

楠木
僕もそうなんです。僕にとっての最新のバンドはいまだにレッド・ホット・チリ・ペッパーズ(※1)で止まっています。「世紀の名盤!」とかいう評判だったので、オアシス(※2)の「モーニング・グローリー」を聴いてみても、どうもピンとこない。

※1 レッド・ホット・チリ・ペッパーズ:アメリカ合衆国カリフォルニア州出身のロックバンド。全世界トータルセールスは8,000万枚以上。3つのグラミー賞を受賞している。
※2 オアシス:イギリス・マンチェスター出身のロックバンド。1991年結成、2009年解散。

米倉
僕はエリック・クラプトンやイーグルスなんかもよく聴きますね。そういえば、もう最近ではないかもしれないけれど、『ウイ・アー・ザ・ワールド25 ハイチ』という、ハイチ地震による被害を支援するために、かつてのアフリカ支援曲『ウイ・アー・ザ・ワールド』を、25年ぶりにいろいろなアーティストが参加してやった企画があって、その最後のラップパートの後に入っているラップというかシャウト唱法にはすごい衝撃を受けました。ぜひ、聴いてみてください。

楠木
僕はラップになるともうわからないですね。それは、頭の中に土足で入ってきますか?

米倉
うーん、入ってくるには入って来るんだけど、衝撃というよりはdifferentなんだな。(第5回へつづく)

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米倉 誠一郎(よねくら・せいいちろう)
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授、一橋大学 名誉教授。
1953年東京生まれ。一橋大学社会学部および経済学部卒業。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。ハーバード大学Ph.D.(歴史学)。2008年より2012年まで同センター長。2012年よりプレトリア大学ビジネススクール(GIBS)日本研究センター所長を兼務。2017年より一橋大学名誉教授・『一橋ビジネスレビュー』編集長、法政大学大学院教授。2020年よりソーシャル・イノベーション・スクール(CR-SIS)学長。

楠木 建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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