一橋ビジネススクール教授 楠木建氏/法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授 米倉誠一郎氏
気心の知れたお二人による、2022年新春対談。今回は米倉先生の過去、音楽のバックボーンへと話しは転がっていきます。

「第1回:ビートルズというイノベーション。」はこちら>
「第2回:世界共通語。」
「第3回:バルマーの部下が見つけた宝物。」はこちら>
「第4回:イノベーターのオーラ。」はこちら>
「第5回:クラシック界のイノベーター。」はこちら>

※本記事は、2021年10月28日時点で書かれた内容となっています。

楠木
米倉さんはピアノが弾けますよね。ということは、音楽教育を受けたのですか。

米倉
いや、バイオリンをほんの少しだけ。そもそも小学生のときの僕は多動症で、同じところに5分といられなかったから、ピアノなんて続くわけがない。

楠木
今と同じですね。

米倉
はい、どうしようもなかった。当時は多動症という概念がないから、ただただ落ち着きのない問題児でした。僕が小学校6年生のとき、家に担任の先生が来まして、母親に僕がいかにどうしようもないかを延々と話すのです。「お宅の息子は席に座っていることができない」「すぐに走り回って教室から出ていく」「このままでは中学校なんて絶対に行けない」。

母親もお酒を出したりしながら、辛抱強く2時間も先生の相手をしていました。ようやく先生が帰ってドアを閉めたとたん、母親が僕の顔を見て、「お前の先生は、本当に馬鹿だね」と言ったんです。このひとことが、僕にものすごい自己肯定感を与えてくれました。(大笑い)

楠木
前にも聞いたことがあるんですけど、これはイイ話ですね。この子にしてこの親あり。

米倉
いや、だからね、あのひとことがなかったら、僕はどうなっていたかわからない。

楠木
ビートルズはピアノで弾いていたのですか、それともギターで?

米倉
反戦少年の頃は、ジョーン・バエズをギターでやっていたんです。ビートルズに出会って、ピアノで弾きたかったのですが、家にはピアノがなかった。そして高校受験を迎えたとき、僕は都立戸山高校と私立慶應義塾高校の両方に合格しました。

楠木
へえ、学校からクレームの来る問題児が、中学校に入って変わったんですね。エネルギーが勉強に向かったのですか。

米倉
どうなんだろう。ただ、中学校のときは担任の先生にも恵まれて、突然成績が良くなったんです。それで高校受験のあとで父親に、「僕は戸山高校に行くので、慶應の入学金でピアノを買って欲しい」と頼みました。

楠木
これも、イイ話。

米倉
それで高校生のときに『ヘイ・ジュード』が出て、『レット・イット・ビー』が出て。

楠木
ピアノで弾きたくなる曲です。それを家で弾いていた?

米倉
もう、毎日それしかやっていない。だからこの間、うちのバンドで、『ヘイ・ジュード』をやろうという話になったときに、いきなり弾いてみたら、結構できたんです。若い頃に覚えたことって、すごいよね。

楠木
バンドは随分長くやってらっしゃると思うんですけど、何ていうバンド名でしたっけ?

米倉
いまは、「The Searching Cranburys(サーチング・クランベリーズ)。ジョージ・ハリソンやボブ・ディランの覆面バンド「The Traveling Wilburys」をモジったバンド。鈴木さんというバンマス(バンドマスター)の命名です。大学生の時は、「We shall be released(ウイ・シャル・ビー・リリースト)」というバンドをやっていた。これはボブ・ディランの「I shall be released(アイ・シャル・ビー・リリースト)」から名前をいただいた。ただ、『イチゴ白書をもう一度』のように、卒業を迎えてみんな髪を切って就職してしまった。僕だけが取り残されました。

楠木
米倉さんは、もうリリースされっぱなし。

米倉
(笑)僕だけが「えー」というピーターパン症候群で、学士入学。それで人生選択に少し猶予をもらいました。

楠木
その頃に、山下達郎と同じステージに出たことがあるそうですね。

米倉
ある。「シュガー・ベイブ」(※)に前座をやってもらったんです。僕たちがお金を払って。ところがこれがむちゃくちゃうまくて、もう鳴らす音が全然違う。音楽に対する自信が完全に揺らぎました。この世界で生きていくことは難しいことを彼らに教えられました。

※ シュガーベイブ:1973年~1976年まで活動した日本のロックバンド。

楠木
「シュガー・ベイブ」には山下達郎さんだけでなく、すでに大貫妙子さんもいました?

米倉
いました。でもその二人以外はあまり覚えていない。その後、上智大学のクリスチャン・バンドに「メアリー」というのがあって、ベースが足りないというので、助っ人で半年くらいベースを弾いていました。そこから話は30年くらい飛ぶのですが、めでたく一橋大学イノベーション研究センター教授になっていた僕は、『一橋大学百二十五年史』編纂委員に選ばれたわけ。一応歴史家だからね(笑)。その時、ついでにビデオもつくろうという話になりました。NHKエンタープライズに制作を依頼したところ、業界で有名なプロデューサーを推薦された。そこに現れたのが、なんと「メアリー」のバンドマスターだった鈴木博文さんだったんです。

「え〜、鈴木さん?」「お〜、米倉?」とお互いに変わり果てた姿で、久々のご対面。「じゃ、バンドやろうか」ということで、「ザ・サーチング・クランベリーズ」が結成されて今日に至る、それが18年くらい前の話です。しかし、去年の1月にバンマスが急逝して、命運尽きたかと思いきや、彼の長男がその後を継いだわけ。人生不思議だよねえ。

楠木
今の米倉さんの話が典型だと思うのですが、音楽って話が早いですよね。

米倉
確かに、話が早い。

楠木
僕は以前、ヤマハの仕事をお手伝いしたことがあって、海外のヤマハの拠点に世界中からマネージャーが集まってディスカッションする機会があったんですね。僕も初対面だし、彼らも別々の国で仕事をしているのでほとんど初対面、国籍もバラバラ。そんな人たちとバスで1時間ほどかけて工場に行ったのですが、何せヤマハなんでみんな音楽が好きで、楽器の演奏人が多いんですね。

バスの中ですぐに音楽の話がはじまって、たまたま隣に座った人に「楽器は何をやっているの?」と聞くと、「ドラムをやっている」と。「スキなバンドは?」「ラッシュだね」「ああ、ニール・パート、最高ですね」「あなたは楽器は何をやっているの?」「僕はベース」「ゲディー・リーはスゴイ」「あの歌いながらビンビン弾くところがイイんだよなあ」と会話が流れ、周りを巻き込みながら話があっという間に広がって、工場に着いた時にはみんな友達みたいな感じになっていました。これは音楽ならではですね。

米倉
僕もそう思います。音楽は国や言葉を超える共通言語だから。

楠木
特にビートルズは世界中の人が聴いたわけだから、彼らは音楽という共通言語で愛や平和、すなわちラブ&ピースの世界観を提示して、多くの若者が共感を持って受けとめた。これがビートルズのイノベーションだと思います。

米倉
間違いないね、その罠にまんまと引っかかったというわけ。(第3回へつづく)

「第3回:バルマーの部下が見つけた宝物。」はこちら>

米倉 誠一郎(よねくら・せいいちろう)
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授、一橋大学 名誉教授。
1953年東京生まれ。一橋大学社会学部および経済学部卒業。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。ハーバード大学Ph.D.(歴史学)。2008年より2012年まで同センター長。2012年よりプレトリア大学ビジネススクール(GIBS)日本研究センター所長を兼務。2017年より一橋大学名誉教授・『一橋ビジネスレビュー』編集長、法政大学大学院教授。2020年よりソーシャル・イノベーション・スクール(CR-SIS)学長。

楠木 建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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