山口周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー/隈研吾氏 建築家 東京大学特別教授・名誉教授
リモートワークだけでなく環境負荷や企業価値という観点からも会社を都市に置く意味を問い直してはどうかと山口氏。隈氏はマンション文化という日本の大きな問題点を指摘。流れを変えるには同調圧力から自由になること、視点を変えることが必要だという。

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集まることで増大する環境負荷

山口
前回、都市に集まる必要がなくなっているという話をしましたが、エネルギー効率や経済効率の観点では都市が大きくなるほどスケールメリットがあり、エコになるという意見もあります。この問題についてはどのようにお考えでしょうか。


集まることによって効率的に環境負荷を減らせるという面と、集まることによって逆に環境負荷が増大するという面と、両方あるでしょう。東京の場合は明らかに後者です。例えば、東京のヒートアイランド現象は、沿岸部に建てたビルが海風を遮り、都心への風の流れが悪くなったことが大きな要因だと言われています。温暖化は地球規模の問題ですが、地球全体の温暖化以上に、都市における局所的な温暖化が人間の住みづらい環境をつくっています。

負荷の増大ということでは電力も同じです。ピークシフトが必要と言われていますが、ピークができるのはみんな同じ時間帯に通勤して、同じ時間帯に働いているためですよね。それが電力供給への負荷を高め、コスト増や電源構成への影響をもたらしています。空間だけでなく時間も分散させることで、環境負荷は減らせると思います。

山口
リモートワークだけでなく環境負荷という面から、さらに言えば企業価値という観点からも会社を都市に置く意味を問い直す必要がありそうです。

イタリアのファッションブランド、ブルネロクチネリはソロメオという小さな村に本社を置いています。それだけでなく中世からの城や集落を修復し、劇場や図書館、職人学校、さらには公園も造成して一般開放しています。同社の取り組みは人間尊重という経営方針を体現したもので、企業主導の地方創生モデルとして注目されています。

日本でも、化粧品会社のアルソアは1998年に東京から山梨県の小淵沢に本社を移転しています。森に囲まれた社屋はマリオ・ベリーニ設計で、その素晴らしい環境で働きたいから就職したという人も多いでしょう。単なる利便性だけではない評価軸で、企業が働く環境を整えることは、企業イメージにも人財獲得にもポジティブな効果があると思います。

都市や建築への関心を持ってほしい

山口
先生は以前からご著書や対談などで日本のマンションの問題点を指摘されていますね。東京を中心としたコンクリートのマンション文化が日本人の教養を破壊した、と。これは私も大きな問題だと思っています。各人の美意識や感性が住む場所に表れるとすると、それらが全体的に低下したとき日本全体の景観が破壊されてしまうかもしれません。子孫によりよい景観を残していくということも、今を生きるわれわれの大切な役割の一つだと思うのですが。


日本人の美意識は、基本的には世界中で高く評価されています。建築に関しても、世界の建築界で最も多く仕事をしているのは日本の建築家ではないかと言われるぐらいに認められています。けれども、海外から来た建築の専門家には「東京のオフィスは世界水準だけど、集合住宅はなぜあんなに醜いのか」と言われます。マンションが林立する前、1980年代までと比べて東京はひどくなった、と。

そうなってしまった背景には、やはり私有の問題があります。都心で働くホワイトカラーにとって、都内に家を私有することがステイタスだと考えられるようになった。とはいえ東京は地価が高すぎる。そのため形だけの持ち家、私有の幻想として手の届く価格のマンションが大量生産されました。ある種の同調圧力と経済原理によって、マンション文化が形成されたわけです。現在の東京の住宅事情でマンションに住むのは仕方ない面もありますが、それをステイタスだとするのは押しつけられた価値であることに気づいてほしいと思います。売り主の利益を最大化するために空間を細分化して、共用部分だけ高級に見せるという手法で、質の伴わない高級感に価値があると思い込ませられたことで、日本人の教養や美意識、東京という都市が持っていた細やかさや人情といった魅力も破壊されてしまったのですから。

ただ、最初に言ったように反転の動きが起きていますよね。若い人たちが古い建物の価値を見直して、手を加えて住んだり、シェアスペースや店舗として再生したりして、日常の暮らしの中で活かし始めている。僕はそこに希望や可能性を感じています。同調圧力から自由になり、自分の美意識で物事を判断し、生きていく人たちが東京をもう一度、変えてくれる時代が来ると僕は信じています。

山口
この連載のテーマであるリベラルアーツについて、私は「自由になるための技術」と言っています。ネコの視点から都市を見ることで従来の都市論から自由になれるように、視点を変えることでビジネスの都合で押しつけられた価値観や、高級感に対する思い込みから自由になる人が増えれば、流れは変わるでしょう。そうした意味では、個人だけでなく企業の、あるいはビジネスリーダーの意識変革にも期待したいですね。


そうですね。企業のリーダーの方々には、まずはもっと都市や建築というものに関心を持っていただきたいと願っています。SDGsや環境問題がビジネスの世界では注目されていますけれど、地球環境だけでなく自分の身の回りの環境をよくすることも大切ではないでしょうか。僕がこれまで海外のさまざまなプロジェクトで関わってきたクライアントの方々は、基本的に建築というものがとても好きで、自分の関係する都市の住みやすさ、美しさに高い関心を持っています。山口さんがおっしゃっていたように会社を環境のよいところに移すという方法もありますが、今自社のある街、自分たちの住む街の魅力を高めることも、企業にとってプラスの価値を生み出すはずです。そうした視点を持っていただくことが、日本の街や都市が本来持っていたはずの教養を取り戻すことにつながると期待します。

隈 研吾(くま・けんご)
1954年生。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。30を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。主な著書に『点・線・面』(岩波書店)、『ひとの住処』(新潮新書)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』、『小さな建築』(岩波新書)、他多数。

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)など。最新著は『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。