※本記事は、2021年7月1日時点で書かれた内容となっています。

ESG(Environment・Social・Governance)やSDGs(Sustainable Development Goals)、CSV(Creating Shared Value)やサステナビリティといった言葉がよく使われるようになりました。一言でいえば、企業経営についても社会性が求められるようになってきました。今回は競争戦略の観点から見たESGについての僕の考えをお話したいと思います。

大前提として、企業経営にとってのESGやSDGsは、政治や行政やNPOにとってのそれとは意味が異なります。ここで何度も話をしていますが、企業にとっての最終ゴールは「長期利益」です。ESGやSDGsの時代になっても、この原理原則は不変です。

話がややこしく聞こえるかもしれませんが、僕は目標と目的を意識的に分けて考えるようにしています。企業には、顧客に対して価値を提供するという目的、もう少し大きな言葉でいえば志、最近の言葉遣いでいえばパーパスがあります。目的それ自体は長期利益ではありません。しかし、成果を測るメジャーという意味での目標は長期利益であるべきです。

必ずしも目的=目標ではありませんが、この2つは結果的に同じところにたどり着きます。長期利益が出ているということは、お客さまに対して独自の価値が提供できているということです。きちんと儲かり続ける商売があるからこそ、雇用が守れて給料が払える。長期利益が出ていれば株価が上がるし、株主に配当も支払える。「短期的な利益」であれば、客をだまして儲ける、従業員を泣かせて儲ける、株主に嘘をついて儲けることもできます。しかし、こんな経営は続きません。長期利益――資本コストを上回る利益である超過利潤を出し続ける――が企業経営の優劣を測る物差しだということです。

そもそも「納税」が企業ができる最大の社会貢献だというのが僕の考えです。顧客、従業員、株主という直接的なステークホルダーを差し引いた剰余部分を「社会」と考えれば、いちばんインパクトのある社会貢献は納税です。ばんばん儲けて、ばんばん納税――これが企業による社会貢献の本筋のはずです。その点で政治や行政、NPOとは大きく異なります。

トヨタという企業を僕は尊敬しています。もちろん競争戦略という視点から見て優れているところはあるのですが、それ以前に日本の国民としてトヨタに感謝しています。いっぱい税金を払ってくれるからです(6,599.44億円/2019年3月期)。しかも、払い続けてくれる。それができるのは、きちんと長期利益を上げているからです。トヨタ砲一発でかなりの社会福祉活動が支えられている。もしトヨタクラスの稼げる会社が日本にあと30発あったら、一体何が起こるでしょうか。法人所得税収20兆円増ということになります。

法人所得税によって創出された原資を使うのは政府です。もちろん政府のおカネの使い方には大いに問題があります。きわめて非効率です。「もっと政府が効率的にお金を使わないと税金を払う気になんてならない」「せっかく汗水垂らして稼いだお金が、こんなに無駄遣いされている」――その通りです。しかし、です。これまで「うちの政府の税金の使い方、最高だよな」と言っている国民は、日本に限らず、歴史上存在した試しがありません。これは民主主義のコストなんです。もちろん改善の余地はものすごくあります。それでも、民主主義のコストとしてどうしても政府支出は非効率になる。これを抜本的に克服したければ、民主主義をやめるしかない。

しかも非効率であればあるほど「貧すれば鈍す」に陥りやすい。何をやるにも元手がかかります。税収が細くなると元々非効率なものがますますおかしくなる。今年はコロナ騒動の下でも税収はちょっと増えました。不幸中の幸いです。ワクチン一本打つにもおカネがかかる。この税収をさらに太くしていくということが企業経営の役割だと思います。

えげつない租税回避をする経営者がいますが、これこそ反社会的行為です。僕は過剰な租税回避の禁止はESGやSDGsの一丁目一番地だと思っています。一つのよい動きとして、最近は機関投資家が投資先の企業に対してきちんとした納税の責任を求めるようになってきました。特にヨーロッパでは、過激な節税策をとる企業への投資を見送る大規模機関投資家が出てきています。例えばノルウェー政府年金基金の運用を担っているノルウェー銀行インベストメント・マネジメントは、「これからは適切で透明性のある税務を期待する」という宣言を出しまして、実際に基準に合わない租税回避をしている7社を投資対象から外したそうです。またオランダのある運用企業は、やはり税務責任の原則を定めまして、これを2025年までにすべての投資先に適用するということです。

なぜヨーロッパなのか。ヨーロッパには租税回避をする企業が多いからです。ヨーロッパの投資家の集まりであるシェアホルダーズ・フォー・チェンジという団体の調査では、上場企業の租税回避額はアメリカが500億ドル、ドイツが240億ドル、フランスが140億ドル、イギリスが100億ドル。経済規模を考えれば、ヨーロッパには租税回避する企業が相対的に多い。日本は40億ドルです。アメリカやヨーロッパよりは少ない。これは日本が誇るべきところだと思いますし、例えばロームという企業は、対外的な税務方針でタックスヘイブン(租税回避地)は利用しないと表明しています。ESGの観点から見ても素晴らしいことで、もっと注目されるべきだと思います。

商売や経営がめざすのは長期利益。勝利条件がシンプルでスカッとしている。ここが政治や行政、NPOとは違うところです。余計なことを考える会社ほど変なことをする。ESGやSDGsは大切ですが、経営を枝葉末節に向かわせてしまう危険性があります。僕は長期利益を経営者が真剣に考えて突き詰めることが、結果的にESGやSDGsを満足させる最善の道だと考えています。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第2回:『E』は規制ではなく実需。」はこちら>

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