株式会社日立製作所 研究開発グループ 森正勝/株式会社BIOTOPE CEO / Chief Strategic Designer 佐宗邦威氏
企業が設定したビジョンを、社員一人ひとりの行動に落とし込むためにはどうすればよいか。その鍵は、個人が主観で思いを語る「ナラティブ」にあると佐宗邦威氏は指摘する。2021年7月9日に配信された日立 研究開発グループのウェビナー「問いからはじめるイノベーション-Vol.2」で実現した、BIOTOPEの佐宗氏と日立の森正勝による対談の最終回。

English

「第1回:どうすればビジョンをつくれるか?(前篇)」はこちら>
「第2回:どうすればビジョンをつくれるか?(後篇)」はこちら>

ビジョンを物語として語る「主観のススメ」

丸山
2つめの問いに参ります。「ビジョンと現場をどうつなぐのか?」。言い換えると、理想と現実をどうつなぐのか。おそらく多くのリーダーが知りたいポイントだと思います。

佐宗
ビジョンそのものに価値があるのではなく、ビジョンによって人が行動することで、初めて価値が生まれます。では、その行動がどう起きるのかというメカニズムを探るうえでヒントになるのが「センスメイキング理論」です。

わたしたちは環境の変化が激しい時代にいます。今、組織のどこでどんなことが起きているのかを、だれか1人が逐一把握することは非常に難しくなっています。目の前で起きていることを個人個人が自分なりに感じ、自分なりの解釈に基づいて行動していく。さらに、それが全体としてどうなっているのかをダッシュボードやシミュレーションで可視化して、社員の行動に落とし込む。このプロセスが回り続けていることが、組織として重要です。

さらに、組織としての一体性を生むために欠かせないのが「物語」です。ビジョンは「見えるもの」であると同時に「物語」であることが非常に重要で、その根底にあるのが「主観」だとわたしは考えています。ビジネスの現場では、主観を極力排し、客観に基づいて正しい行動をとるというのが常識ですが、新しい価値をつくっていくうえでドライバーとなるのは、自分自身の心が動くこと。つまり、主観なのです。

ビジョンという大きなストーリーを、社員一人ひとりが自分を主語とした物語、すなわちナラティブ(narrative)に変換することが重要です。ある出来事の当事者が「そのときこういう感情を持った。だからこういうことをしたいと思った」と堂々と語る。このナラティブを、日常の仕事の場面にいかに伝播できるかが鍵となります。

経営者が中期経営計画においてビジョンを語るときの言葉は、どうしてもガイドライン的な文章になりがちです。「わたしはこのときにこう思ったから、このプロジェクトを始めた」と一言述べたうえでプレゼンを始める。それだけでも、受け手にとっては「命令」から「主観」へと、ビジョンの意味合いが変わります。「うちの社長はこう思ったのか。じゃあわたしはこうしてみよう」といったように、感情を通じて、つまり受け手の主観を通じて新しい行動が生まれるのです。

ビジョンとは、まさにナラティブの集合体のようなものです。経営者やマネジャーが積極的に自身の主観を口にすることで、ビジネスの現場にいる人たちの主観を生む。それが一人ひとりの新しい行動につながり、結果として新しいストーリーにアップデートされていく。それが、ビジョンと現場をつなげるうえでの大事なポイントです。

一研究員が起こした、ナラティブの伝播


わたしが研究テーマを決める際に大事にしていることがあります。それは、「世の中が今こういう動向だから、この研究が必要だ」という発想よりも、「こういう場面で困っている人を見かけたから、その人を助けたい」という発想を選ぶこと。間違いなく後者のほうが心に響くからです。こうした個人個人の思いを大事にすることが、まさにナラティブの集合体としてのビジョンを形作ることにつながるのではないかと思います。

日立製作所 研究開発グループ 森正勝

以前、わたしが赴任していたヨーロッパの研究開発拠点で印象的な出来事がありました。同僚の研究員がサステナブルファイナンス(※)を支えるプラットフォームづくりに1人で取り組み始めたのですが、彼の思いに共感する人たちのネットワークが社内だけでなく社外にも生まれ、投資会社のマネジャーや経営者が彼を訪ねてくるという事態に発展したのです。いろいろな人が彼を後押ししているという状況を目の当たりにして、驚きました。サステナブルな世の中をつくるためにファイナンスをいかに動かすかという一研究員の熱い思いが共感を呼ぶと、こんなに大きなうねりになるのだと。

※ 持続可能な社会づくりを金融面からサポートする手法・活動。

佐宗
まだ世の中に物差しがない、でもそれは社会にとって必要なことだと思った人がたくさんいたということですよね。大事なのは、共感する人たちをつなげる最初のコミュニティをつくれるかどうかであり、そのためにナラティブが必要なのです。「この人が語る未来像は、わたしが思い描いている絵と同じかもしれない」と思って人が集まってくる。そうやってできたコミュニティが、これからは新しい価値の源泉になっていくのではないでしょうか。

BIOTOPE 佐宗邦威氏

センスメイキングを促進する組織とは

丸山
最後に、ナラティブを通じたセンスメイキングを促進するためのポイントを示していただけますか。

佐宗
ナラティブを自分なりに解釈し、自分なりの意味を見出す。それはある種、宗教に似ていると思います。宗教には必ず思想があって、何が大事かという価値観が明確ですし、世の中に対してこういうことをすべきだという指針が示されています。それをベースにしてコミュニティができ、何かしらの習慣や体験が生まれる。その宗教の価値観に強く共感する人、そうでない人を包含できる場がある。そう考えると、「宗教」を「企業」に置き換えても違和感がありません。

ビジョンを発信して、それに共感する人たちのコミュニティをつくり、そこから生まれたアイデアをコミュニティの人たちに体験してもらう。言い換えると、自社がやりたいことの全体像を伝えるナラティブを体現できる場がある。そういう組織には面白い人が集まってくるし、そこで自分なりに意味を見つけながら仕事をしたいという若い人が増えるのではないでしょうか。


今日お話を伺って、自分たちの思いを発信し続けることの意義にあらためて気づかされました。我々日立の研究開発拠点「協創の森」も、「あそこに行くと面白い話がいろいろ聞けるよね」と思っていただける場所になれば、たくさん人がいらっしゃるのではと思いますし、このコンテンツも「あそこに行くといろいろな問いがあるよね」とみなさんに思っていただけるよう、発信を続けていきたいと思います。

丸山
このシリーズが「問いがたくさんある場所」になることで、読者のみなさん一人ひとりがその問いに対する自分なりの考えを語ることができる。そんなコミュニティができたらいいなと思います。お二人とも、本日はありがとうございました。

佐宗 邦威(さそう くにたけ)
株式会社BIOTOPE CEO / Chief Strategic Designer。東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにてファブリーズやレノアなどのヒット商品のマーケティングを手がけたのち、ジレットのブランドマネージャーを務めた。ヒューマンバリュー社を経てソニーに入社し、同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わったのち、独立。B to C消費財のブランドデザインや、ハイテクR&Dのコンセプトデザイン、サービスデザインプロジェクトを得意としている。著書に『世界のトップデザインスクールが教える デザイン思考の授業』(2020年,日経BP社)、『直感と論理をつなぐ思考法』(2019年,ダイヤモンド社)、『ひとりの妄想で未来は変わる VISION DRIVEN INNOVATION』(2019年,日経BP社)など。

森 正勝(もり まさかつ)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部 統括本部長。1994年、京都大学大学院工学研究科修士課程を修了後、日立製作所に入社。システム開発研究所にて先端デジタル技術を活用したサービス・ソリューション研究に従事した。2003年から2004年までUniversity of California, San Diego 客員研究員。横浜研究所にて研究戦略立案や生産技術研究を取りまとめたのち、日立ヨーロッパ社CTO 兼欧州R&Dセンタ長を経て、2020年より現職。博士(情報工学)。

ナビゲーター 丸山幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーションセンタ 主管デザイン長。日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。

Linking Society