株式会社日立製作所 研究開発グループ 森正勝/株式会社BIOTOPE CEO / Chief Strategic Designer 佐宗邦威氏
2021年7月9日に配信された日立 研究開発グループのウェビナー「問いからはじめるイノベーション-Vol.2」から、BIOTOPEの佐宗邦威氏と日立の森正勝による対談をお送りしている。その2では、企業がつくるべきビジョンのあり方は経営モデルによって異なり、日立のようにモノづくりに徹してきた企業だからこそ、社会に生み出せる価値があると佐宗氏は喝破する。

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「第1回:どうすればビジョンをつくれるか?(前篇)」はこちら>

経営は「産業革命モデル」から「情報革命モデル」へ

佐宗
先ほど、ビジョン思考についてご紹介しました。それを事業において実践するにあたり大きく関係してくるのが、経営モデルの変化です。次の図をご覧ください。

「市場が大きくなっていく局面」において、特に製造業の会社が経営のベースとしているのが「産業革命モデル」です。世の中にひそむアンメット・ニーズ(※1)に対して、新しい商品やサービスの価値を提示することで需要を喚起できる状況では、「この市場を獲りに行く」という明確なビジョンのもと、組織が一体となります。オペレーションの効率を上げることで、つまり規模の経済(※2)でもって価値を生み出す。継続的な成長をめざしていくにはこのような経営モデルが有効です。

※1 unmet needs:企業のマーケティング活動において、まだ満たされていない顧客の潜在的な要求・需要のこと。
※2 大量生産によって製品あたりのコストが低減されること。

これが近年、「情報革命モデル」にシフトしつつあるのではないかとわたしは考えています。つまり、あらゆるものの「価値」そのものが、知識をはじめとする「情報」に変わる時代になると、その情報がだれかにとって本当に価値があるかどうかは自明ではなくなる。そうなると、企業としては目の前の市場を獲りに行くという発想ではなく、自社にとって「こういうものがあったら楽しい」「こういう社会をつくりたい」と思えることをビジョンとして提示し、ユーザーや競合他社、パートナー企業と一緒に新しい価値をつくっていく。その結果として戦略が創発されていくというスタンスが有効になると思います。

今は存在しないけれども価値があるかもしれない未来の景色を企業が提示し、それに人々が共感し、ともに行動していく。そのトリガーとして機能するのが、情報革命モデルの経営において扱っていくべきビジョンなのではないでしょうか。

モノづくり企業が、コトづくりの時代に生み出せる社会価値とは

丸山
産業革命モデルのアンラーニングを図り、情報革命モデルという、言わば新しいOSを組織が手に入れるのは並大抵のことではないと思います。組織のリーダーをされている森さんもその点で悩まれると思いますが、いかがですか。


日立製作所の事業は、まさに今「モノからコトへ」シフトしているところです。これまで上手くいってきたモノ=プロダクトづくりと、これから注力すべきコトづくりを両立させることの難しさをわたしは痛感しています。佐宗さんがおっしゃるゴールとしてのビジョンづくりから、未来像としてのビジョンづくりにシフトするために、どうやって社員の意識をアップデートさせればよいかが悩みどころです。

日立製作所 研究開発グループ 森正勝

また、お客さまとの協創プロジェクトで「ビジョンデザイン」を実践する際に、何がお客さまにとってモチベーションになるのかをよくよく検討しないと、佐宗さんもふれていたように、最初に描いたビジョンはよかったのに、プロジェクトが進むにつれつまらないものになってしまったという事態が起こりえます。当然、それは避けないといけませんし、企業として最終的に結果を出せるような、実現可能なビジョンを設定しなければならない。ビジョンづくりのプロセスの大事さを思い知り、気を引き締めないといけないとあらためて思いました。

丸山
日立の研究開発やデザインを担っている我々の立場からすると、モノづくりに徹していたこれまでは、プロダクトやアルゴリズムという研究成果を世の中に提示すればよかったわけですが、コトづくりの時代にはそんな単純な話ではなくなるということですね。日立のような企業が上手く情報革命モデルにシフトし、価値を社会実装できるようになるためにはどうすればよいのでしょうか。

佐宗
ハードウェアというものは、それが世の中に存在している、それを使う人がいるという時点で、まさに社会実装されています。社会を変えるためのレバレッジ(てこ)としてハードウェアは存在しているのではないかと思うくらいです。

BIOTOPE 佐宗邦威氏

そのような企業だからこそできる、社会実装の形があるはずです。これまでは、ハードウェアの価値が生まれる場面があり、それが世の中に広がっていくという場面があった。その順番がこれからは逆になる、ととらえてはいかがでしょうか。また、解が見えない社会課題に取り組む際に、経済価値を提示せずとも、問題提起をするだけで社外とのコラボレーションの機会が生まれてくる。そんな局面が今後増えてくると思います。「この問題を解決したい」というモチベーションや潜在能力を社外の人々から引き出せることができれば、それだけでもう充分に社会価値と言えます。そのしくみを提示し、世の中に実装するというアプローチが、日立さんのような企業に可能なのではないでしょうか。

結局のところ、「何をやっていればビジネスとして良いのか」という命題に戻ってくるのだと思います。例えば社会イノベーション事業ですと、「社会そのものに何かしら良い変化を起こせていること」がビジネスとして良い状態でしょう。では、世の中でどんな行動変容が起きればよいのか? その問いがスタートだと思います。行動変容が起きるためには、人々を取り巻く環境の変化、習慣の変化などが必須条件になる。企業が語るストーリーが人の行動を変えるとしたら、そのストーリー自体が社会価値になりうるのです。

佐宗 邦威(さそう くにたけ)
株式会社BIOTOPE CEO / Chief Strategic Designer。東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにてファブリーズやレノアなどのヒット商品のマーケティングを手がけたのち、ジレットのブランドマネージャーを務めた。ヒューマンバリュー社を経てソニーに入社し、同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わったのち、独立。B to C消費財のブランドデザインや、ハイテクR&Dのコンセプトデザイン、サービスデザインプロジェクトを得意としている。著書に『世界のトップデザインスクールが教える デザイン思考の授業』(2020年,日経BP社)、『直感と論理をつなぐ思考法』(2019年,ダイヤモンド社)、『ひとりの妄想で未来は変わる VISION DRIVEN INNOVATION』(2019年,日経BP社)など。

森 正勝(もり まさかつ)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部 統括本部長。1994年、京都大学大学院工学研究科修士課程を修了後、日立製作所に入社。システム開発研究所にて先端デジタル技術を活用したサービス・ソリューション研究に従事した。2003年から2004年までUniversity of California, San Diego 客員研究員。横浜研究所にて研究戦略立案や生産技術研究を取りまとめたのち、日立ヨーロッパ社CTO 兼欧州R&Dセンタ長を経て、2020年より現職。博士(情報工学)。

ナビゲーター 丸山幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーションセンタ 主管デザイン長。日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。

「第3回:ビジョンとビジネスの現場をどうつなぐか?」はこちら>

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