漫画家・文筆家 ヤマザキマリ氏 / 株式会社 日立製作所 執行役副社長 德永俊昭
ポストコロナの時代に求められる日本の役割を考えた時、お金にモノをいわせて何かをするのではなく、昔からある日本らしさを生かすべき。諸外国はその日本の美徳に期待していると説くヤマザキ氏。日立にも企業として株主資本主義的な戦略でグローバルリーダーをめざすのではなく、日本人が持つ利他や他人をおもんばかるDNAを生かし、クールでワビサビの効いた戦略が期待される。これに対して、徳永はどのような戦略で未来を切り開いていくのか。ふたりの話は尽きることなく広がっていきます。

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海外が日本に期待していることとは?

徳永
ヤマザキさんは、ポストコロナの世界において日本や日本の企業の役割に、期待されていることはありますか。

ヤマザキ
私は何事へも過度な期待はしない性格なんですよ。こうだったらいいな、こうなればいいなということは勿論思いますけど、もしかしたらそうならないかもしれないという可能性もしっかりセットにした状態で、期待や希望を持ったほうが気は楽です。

徳永
なるほど、こうあるべきだっていうのはすごく窮屈ですね。そこからずれると、自由な国境、ボーダーを越えることができなくなる原因になってしまいます。

ヤマザキ
日本は先進国ではありますが、それをひけらかすことは似合わない国だと思うのです。例えば「侘び寂び」なんていう日本独特の古いものに価値を見出す謙虚な美徳をもっと活かすようにしたら良いのに、なんてことは思います。テクノロジーと古き良き謙虚な文化の共存というのは、なかなか他の国には真似のできることではありませんから。企業に対しても同じことを感じています。

徳永
そう考えると、日本だからこそできることがいっぱいありそうですね。

ヤマザキ
かつて、イタリアから来た人たちに金閣寺を案内した時、修復直後でキラキラ輝いている舎利殿を見て皆「ワビサビじゃないじゃないか!」と文句を言うのです。ところがその後で銀閣寺に連れて行ったら、みんな感動している(笑)

先進国で経済も稼働しているけれど、だからといって金にモノを言わせているだけではなく、経済のあり方ですら俯瞰で理解できているという国にはある種の成熟を感じますよね。

成熟したゆとりが精神性を高める

徳永
例えば日本の企業がグローバルリーダーになるという時に、いわゆる欧米の株主資本主義的な勝ち方じゃない、日本的な勝ち方が絶対あるはずで、それを見つけると、極めてクールだってことですね。

ヤマザキ
それを象徴するようなエピソードがありまして、以前食をテーマとしたミラノ万博が開かれた時、名立たる先進国のパビリオンの中でも、バーチャルなテクニックを駆使した日本のパビリオンがコンペで優勝しました。ところがその一方、一カ所だけパビリオンの建っていない空き地があったのです。実はそこはオランダのスペースで、芝生とベンチと実際オランダで人気のエコだけど美味しいものが食べられるキッチンカーが数台来ているだけ。芝生に横になってくつろげたりもするから、夕方以降は仕事帰りの人がどんどん集まってくる。実質的な人気ではオランダが優勢でした。立派なパビリオンを建てることで国威を表すのではない、成熟した先進国のゆとり感みたいなものが醸し出されていて、周りの国々はしてやられた!って思っていたはずです(笑)

徳永
それは凄いですね。自然や社会との共生が感じられますね。

日立は今、グローバルリーダーになろう、みんなで世界一になるぞと意気込んでいますが、「一番金儲けしてます」とか、「一番凄いもの作ってます」だけじゃなくて、大切なのは「一番ゆとりがあります」なんですね。

ヤマザキ
そうです。ゆとりがなければ出てこない精神性を、どこでどう表現するかですね。でもそのゆとりの演出に意気込んでしまうと、ただの不自然になってしまいますから、簡単ではありません。

徳永
それはやはり人間の幸せとか、幸福度が上がっている姿で、これは別にお金をかければいいという話ではないということですね。

ヤマザキ
お金があることを無理やり顕在化させる必要はないと思うのです。お金があるからこそできる冷静な着眼点こそ、本当の意味での先進国や優れた企業なら持っているべきものかと。

日立のDNAをどう生かすべきか

徳永
ヤマザキさんのお話を伺って、日立がこれからさらに発展していくためには、人々の安全や心地良さ、世の中の持続可能性に貢献できるような企業であるべきだと改めて確認できました。そして日本の会社だからこそできることもありますね。

日立のDNAには他人をおもんばかる利他や想像力を働かせることが組み込まれています。持続可能で、人々が幸せに暮らせるということに貢献していきたいと思います。

ヤマザキ
我々はキリスト教やイスラム教のような宗教的な拘束のない社会で生きています。そのかわり、周りの人間の目線や世論といった世間体が、宗教や法律よりも力をもった戒律になっているところがある。それもまた日本人の特性だとは思うのですが、いじめや阻害など負のかたちで稼働させてはいけないと感じています。世間というものを、血の繋がっていない他者を慮るとか、おせっかいとか、それこそ江戸の落語の世界のように、様々な生き方をしている人との繋がりに活かせるのであれば、それが理想ではないでしょうか。

徳永
日立の創業の精神「和」「誠」「開拓者精神」の一番はじめに「和」が入っています。この価値観は大事にしたいと思うし、こういう時代だからこそ、この価値観を共有している人たちでできることは結構あると思います。

ヤマザキ
そうですね。イタリアは周辺国からの侵略や干渉といった歴史を経てきているので、家族しか信じないという精神性が築かれていますが、日本は友達同士、同僚や隣り同士など社会における他者との繋がりで社会が象(かたど)られていますよね。それは外国人の目からみても少し羨ましく思えるようです。猜疑心の旺盛なイタリアを始め、他者との信頼関係なんてありえないと思っている国は多いですから。

徳永
これから日立は、さらにグローバルに広がり、世界中の人々が幸せになれるようなことをやりたいなと思っています。イタリアでは家族以外を無条件に信じるのが難しいであるとか、イスラム圏やアメリカではまた違うオペレーティングシステムが必要だとか、ちゃんと理解したうえで、ビジネスの成功に結び付けるべきですね。

ヤマザキ
本当にそうです。世界の国々はそれぞれが経てきた歴史によって性質がまったく異なりますから、完全な価値観の共有は無理でしょう。大事なのはそうした地球における様々な人間社会の現象や人間そのものの行動を俯瞰で観察し、そこで学んだ自分たちとは別次元での考え方や物事の捉え方を、積極的に理解していくことだと思います。対談の最初のほうでも言いましたが、自分をわかってもらうことだけではなく、相手をわかろうとする寛容な意欲こそが、今後のこの世界を方向づけていくことになるかと思います。

国によってものさしの目盛りの単位はそれぞれです。そうした世界の実態を認識した上でグローバル性を身に付け、日本人としての国民性に適した社会を構築していけたらいいですね。

徳永
ポストコロナの社会で日立は何ができるか、何をすべきか。ヤマザキさんとの対談を通して新しい発想もたくさん生まれてきそうです。まだまだ話は尽きませんが、本日はありがとうございました。

ヤマザキマリ Mari Yamazaki

1967年、東京都生まれ。1984年に渡伊。国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵と美術史を専攻。東京造形大学客員教授。シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリアと日本で暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞。第14回手塚治虫文化賞短編賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ授章。主な漫画作品に『スティーブ・ジョブズ』、『プリニウス』(とり・みきと共作)、『オリンピア・キュクロス』など。文筆作品に『国境のない生き方』、『仕事にしばられない生き方』、『ヴィオラ母さん』、『パスタぎらい』など。

德永俊昭 Toshiaki Tokunaga

1990年、株式会社 日立製作所入社、 2021年4月より、日立製作所 代表執行役 執行役副社長 社長補佐(システム&サービス事業、ディフェンス事業担当)、システム&サービスビジネス統括責任者兼システム&サービスビジネス統括本部長兼社会イノベーション事業統括責任者/日立グローバルデジタルホールディングス社取締役会長兼CEO。
2021年4月からは米国駐在から帰国し、国内拠点からグローバルビジネスを指揮している。