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※本記事は、2021年1月7日時点で書かれた内容となっています。

競争戦略とは、競争相手との「違い」を作るということです。ただし、「違い」には2つのタイプがあるということがマイケル・ポーター先生の競争戦略論の肝です。タイプ1は、「ベター」。AはBより足が速いとか、CはDより性能がいいというような物差しのある違いです。

タイプ2は、「ディファレント」、つまり物差しがない違いです。人間でいえば男と女。私のほうがあなたよりも90%ほど男性だということはない。単純に性別が「ディファレント」ということです。

競争戦略というのは、競争相手に対して「ベター」ではなく「ディファレント」になることだ、ということが競争戦略の基盤となるロジックです。他社は南に向かっていく。われわれは北に行く。こういう違いです。どちらのスピードが速いかという話ではない。北に行くということは「南には行かない」ということです。つまり、何をやらないかを決めることが戦略的意思決定となります。何をやるかではなくて何をやらないか、何を捨てて何を取るかというトレードオフの選択、ここに戦略の本質があります。

このことを、ポーター賞の受賞企業を例に説明していきましょう。たとえば、ピジョン。お子様を持つ方はご存知だと思いますが、哺乳瓶やお尻ふきといった赤ちゃん向けの製品を作っているグローバルな製造業企業です。ピジョンがどういう戦略で稼いでいるのか。もちろん品質のいい哺乳瓶を作っているわけですが、それ自体は戦略ではありません。

ピジョンの戦略のすぐれた点、それはひとつには生後18カ月以上のセグメントには絶対に手を出さないということです。なぜか。18カ月を過ぎると人間はしゃべるようになります。言語は文化そのものなので、そこを過ぎると食生活が違う、宗教が違う、親子関係が違う、ライフスタイルが違うという差が出てきます。ということは、18カ月以上の子ども向けにコストをかけて最高の商品を作り込んでも、世界に出て行ったときに向こうが「良いもの」と思うかどうかはわかりません。ところが、18カ月までの赤ちゃんは言語を持たないわけで、文化フリーです。ということは、このセグメントで本当にいいものを作れば、世界中どこに持っていってもその品質は高く評価されます。

これが、競争相手のジョンソン・エンド・ジョンソンとの違いです。普通赤ちゃん向けの商品というのは、一番年齢の若いところで顧客ベースを作りますから、18カ月より上のセグメントにどんどん引っ張っていきたくなるはずです。しかしセグメントを広げた瞬間から、ジョンソン・エンド・ジョンソンや競合他社との激しいグローバルマーケティング消耗戦が待ち受けています。 

ピジョンの戦略は、ものづくりの力で勝負できるのは18カ月以下の市場であり、その先へは手を出すなということです。これは非常に秀逸なトレードオフの選択だと思います。

次にご紹介したいのが、2020年にポーター賞を受賞した「丸亀製麺」を展開しているトリドールホールディングスです。多くの方が丸亀製麺に行ったことがあると思いますし、僕もつくづく安くて早くておいしいなと思っていましたが、これだけでは「ベター」です。興味深いのはその背後にある戦略とそこにあるトレードオフの選択です。

例えば、丸亀製麺はセントラルキッチン方式を採用していません。これだけ言うと何か単純な話に聞こえるかもしれませんが、ちょっと考えてみていただきたいのは、うどんという食材ほどセントラルキッチンが合理的で、したがってセントラルキッチンを使いたくなる分野はないんです。冷凍のうどんは結構おいしいですから、セントラルキッチンに集約して作って、それを冷凍して配送すれば規模の経済が発揮できますし、現場の負担も大幅に減らせます。同じ外食産業のサイゼリヤは、セントラルキッチン方式をフルに活用することであの価格を実現しています。

メニューの多いファミリーレストランと比べると、うどんははるかにセントラルキッチン方式をとりやすいにもかかわらず、丸亀製麺は個々の店舗でうどんを粉から打って茹でて出すということをやっています。冷凍ではない生のうどんというのは、茹で上がるのに15分ぐらいかかるんです。つまり、お客さんを長く待たせないためには、お客さんの来る前から必要な量を想定して釜で茹でなくてはならない。かなり面倒なオペレーションです。他のうどんチェーンより従業員の数も必要になるはずです。

しかし、店内で全部やるからこそ、味の差が生まれてくる。もちろんお客さんは背景にある戦略なんて気にせずに食べていますが、繰り返し食べていると知らず知らずのうちにおいしさが浸透していき、その結果選ばれている。これも、セントラルキッチン方式による効率化はしないという、トレードオフの選択があったからです。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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