当サイトにて約2年前にスタートした山口周氏の連載シリーズが書籍化され、2021年3月に上梓される運びとなった。中西輝政氏にはじまり、出口治明氏、橋爪大三郎氏、平井正修氏、菊澤研宗氏、矢野和男氏、ヤマザキマリ氏まで、各界の識者と繰り広げられた7つの創造的対話は、感染症のパンデミックをはじめとする正解のない課題に直面する今日の社会をよりよく生き、働くための示唆にあふれる。
書籍のタイトル『自由になるための技術 リベラルアーツ』に込めた思いについて、「みずからの自由度を奪う呪いから自由になるというニュアンスを込めた」と語る山口氏。書籍の上梓にあたり、各対談の印象とともに、アフターコロナの社会を見据えてワークスタイルの変化を強みに変えるヒント、山口氏ならではのデジタル活用法についても伺った。

過去のデータや経験に頼れなくなっている

――対談集『自由になるための技術 リベラルアーツ』が上梓されます。当サイトで2019年3月からスタートした連載シリーズの対談をまとめた一冊ですが、連載中には新型コロナウイルス感染症のパンデミックをはじめ、さまざまなことがありました。振り返ってみていかがでしょうか。

山口
連載シリーズが始まって間もない5月に会社を辞めましたから、ちょうど自分自身のキャリアの転換点と連載の出発点が重なり、いろいろな意味で転機になったという印象です。

昨年は、新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言が出された4月から5月にかけて講演などの仕事がない日々が続き、さすがに「この先どうなるのかな」と不安を感じました。でも、思ったより早くオンラインへの移行に社会が適応してウェビナーなどが増え、物理的な移動の時間がなくなったぶん、仕事の密度は上がったように感じます。連載が始まった当時は2020年があのような1年になるとは誰も予想できなかったわけで、非連続性、不確実性の高まりを実感させられますね。

――そうした状況になって、あらためてリベラルアーツの大切さが認識されているのではないでしょうか。

山口
そうですね。パンデミックに象徴されるような非連続な変化が多く発生することが今日の社会の特徴で、そのために常識、定石、勝ちパターンといった、ある前提の下に成り立つものが通用しにくくなっています。つまり社会の今後を見通すうえで、過去のデータ、知識や経験が頼りにならなくなっているということですね。それらに代わって「洞察力」や「知恵」の重要性が増しています。社会というものは、人がいて、集団があり、組織があり、コミュニティがあって成り立っています。その変化が連続的であれば過去のデータから今後を類推することもできますが、非連続な変化について考えるには、それぞれの構成単位が「こういうときには、こう振る舞うものだ」という本質をつかむ力が求められます。

山口周『自由になるための技術 リベラルアーツ』(講談社)

人間の本性から考え、変化を捉える

例えば、ある駅に駅ビルを建てるとどれぐらいの集客が見込めるか、という問いがあるとします。何年も駅ビル開発に携わってきた経験のある人と何の経験もない人を比べたら、これまでなら明らかに前者のほうが正確に見通せたはずです。ところが、在宅勤務が広がって多くの人が週に一度しか出社しなくなり、都心から地方へ移住する人が増えるなど、人の行動が大きく変化した場合はどうでしょうか。過去のデータや経験知はあまり参考にならなくなり、経験のある人とない人との差は、なくならないまでも、かなり小さくなります。では、ある分野での過去の経験や知識がリセットされたとき、何に頼って考えればいいのか。それは自分の中にある他の分野の知見です。特にリベラルアーツは強力な武器になるはずです。

なぜなら、リベラルアーツとは突き詰めれば人に関する学問、「人間とはどのような生き物なのか」という問いに対する答えの総体であるからです。その答えをある程度つかんでいれば、人間の本性というものに照らして考え、人間やその集合から成る組織や社会は「こういう刺激に対してはこう反応をするはずだ」という読みができるはずです。そうした意味では、リベラルアーツとは人、組織、社会の変化に対する洞察力を与えてくれるものと言えるかもしれません。

データ社会と呼ばれる現代ですが、今回のように大きな環境変化が起こると、統計的に有意な数になるまでデータを集め直さなければ予測に使えるようにならないという課題があります。データが集まるまで待ってから動く人では、変化を捉えることはできません。一方で、人間の本性から起こりうる変化を読むことができる人は、データに頼らず動くことができます。ちょっと小さく動いて反応を見て、読みが当たっていればさらに踏み込むという方法で、いち早く変化に対応することも可能です。今日のように非連続な変化が続く社会には、変化を読む力とその基礎となるリベラルアーツこそが必要なのだと感じます。

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)など。最新著は『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

「第2回:枠から抜け出すために必要なものとは」はこちら>