株式会社日立製作所 人財統括本部シニアエバンジェリスト 髙本真樹/一橋ビジネススクール教授 楠木建氏
今月はジョブ型雇用をはじめとする人財マネジメントのあり方をテーマに、日立のHRテック推進をリードする髙本真樹と楠木教授による対談をお送りしている。今回は楠木教授が好きだと語る2つの「仕事」を例に、労働市場では語られることのない「ジョブ」の本質に2人が迫った。

「第1回:『ジョブ型雇用』の定義」はこちら>

葬式で出てくる言葉こそ真実

髙本
先生のおっしゃるとおり、「ジョブ」の定義は会社の存在意義や会社がめざす方向性に大きく左右されるものなのでしょうね。つまり、普遍的なものはない。

楠木
お葬式のときに、「あの人ってこういう人だったよね」という話を参列者同士でするじゃないですか。そこで出てくる言葉こそが、その人の本当を表していると思うのです。履歴書に出てくるようなファンクションだけを表した言葉ではなく、葬式で出てくるような生々しい言葉が飛び交うマネジメントこそ、あるべき姿なのではと思います。

どうやったってファンクションでは説明できないことが、仕事ではほとんどのはずなのです。例えばわたしは、ファンクションとしては経営学の中の競争戦略という分野を専門としていますが、もし「あなたは何ができる?」と日立の採用担当者から聞かれたら、「外回りの営業できます」と答えます。「その代わり、1人でやらせてください」と。

外回りの何が好きなのかというと……大体、うまくいかないでしょう? 飛び込み営業なんて。大学でも外部資金の調達が必要なときがあるのですが、さあだれかが営業しなきゃいけないとなると、「おまえ行け」と言われる。それでテレアポを取って、「いい話があります。ちょっとお時間いただけませんか」と言って営業先に飛び込むのですが、ほとんど断られるわけですよ。

でもそれが面白いんです。「全然話が伝わらないな。なんでだろう?」みたいなことを考えるのが。浜松町の駅前の喫煙所で缶コーヒー片手にたばこ吸いながら「しくじったな……」。これ、大好きなんですよ。

髙本
実にリアルな光景ですね(笑)。

楠木
やっているとどんどん上手くなっていくんです。上手くいった原因、上手くいかなかった原因を考えるので、だんだんコツがわかってくるのです。例えば、先方がちょっと関心なさそうな顔をしているときは、すぐ帰っちゃうんです。「すみません、ちょっと勘違いしてました」とか言って。面談を5分で切り上げて帰ってしまう。そうすると先方はこう思うわけです。「さっきの、実はいい話だったんじゃないか……」。

髙本
好きだからこそいろいろなトライをして、だんだん上手くなっていくということですね。

楠木
ええ。そういうことを、もしわたしが採用面接で言ったときに、日立はどうしてくれるの? ということなんです。履歴書に「外回りが大好きです。できたら1人で回らせてください」なんて書いても、きっとなかなか拾ってもらえないと思うんですよ。

「君はそういうことができるのか。君に用意しているのはこういう椅子なんだけど、1人で外回りをするという特技を活かして、この成果を上げてもらおう」。これこそがファンクションにとらわれない採用だと思うのです。その場合、どれだけ商談を成立させたかというアウトプットが重視されることになります。

ファンクションだけでは語れない、個人個人の「好き嫌い」をどれだけ社内の人たちと分かり合えているか。インクルージョンというのはそういうことだと思うのです。

労働市場の言語にはない「謝り役」という仕事

楠木
もう1つ、わたしが好きな仕事があります。謝ることです。

髙本
(笑)。

楠木
組織対組織でしくじること、ありますよね、人間がやっていることですからね。僕の職場でもそういうことがありまして、「どうするんだ、だれが組織を代表してわびを入れに行くんだ」となったときに、みんな僕のほうを見てる。昔はそんなことが結構ありまして。

髙本
人事屋的に見ても、楠木先生は非常に謝り上手に見えますよ。なんとかしてくれそうな。

楠木
それで先方に行って「このたびは誠に申し訳ありません。頭を丸めておわびします」と。そのときに先方がどんな対応をするのかを見るのが、もう面白くてしょうがないんですよ。でもこういった「謝り役」というファンクションは、残念ながら履歴書にもジョブディスクリプションにも書けない。

例えばトヨタには、とにかく無駄をなくすことがむちゃくちゃ上手な人が多いようなイメージがあります。オフィスのレイアウトから机の引き出しの中身まで、もうありとあらゆるところで無駄をなくすということに長けている。間違いなく会社共通のDNAになっている。こういった能力はファンクションで言うと生産管理や購買管理といった仕事に当てはまるのでしょうけど、実はどんな仕事にも活きることです。

ただ、そういった人は新しいものをつくる組織には向かないかもしれませんし、本人もおそらく好きではない。でも、それがその人のスタイルであり、その人ならではの視点なんです。こういったことは当然ながら労働市場の言語では語られませんし、これこそが組織でしかできないマネジメントの存在理由だと思うのです。

楠木建(くすのきけん)

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

髙本真樹(たかもとまさき)

1986年、株式会社日立製作所に入社。大森ソフトウェア工場(当時)の総務部勤労課をはじめ、本社社長室秘書課、日立工場勤労部、電力・電機グループ勤労企画部、北海道支社業務企画部を経験。都市開発システム社いきいきまちづくり推進室長、株式会社 日立博愛ヒューマンサポート社社長などを経て、現在株式会社日立製作所人財統括本部シニアエバンジェリストを務め、ヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ長を兼任。全国の起業家やNPOの代表が出場する「社会イノベーター公志園」(運営事務局:特定非営利活動法人 アイ・エス・エル)では、メンターとして出場者に寄り添い共に駆け抜ける "伴走者"も務めている。

「第3回:リーダーの椅子を減らす」はこちら>

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「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
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