新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより社会・経済システムが抜本的に問い直され、幸せやウェルビーイングを中心とした新たな秩序を模索する動きが始まっている。
特に感染防止対策としての都市封鎖や行動制限は実体経済に深刻な影響をもたらし、資本主義社会の限界もささやかれる。感染収束後のポストコロナ時代、経済システムはどのように変わるのか、変わっていくべきなのか。また私たちは、みずからの価値観や経済システムとの向き合い方をどう見直していくべきなのか。
文明史の観点からグローバル経済の未来を洞察したベストセラー『資本主義の終焉と歴史の危機』で知られる法政大学の水野和夫教授に、新型コロナウイルスがグローバル経済にもたらした影響と、ポストコロナ時代の社会と個人のあり方について伺う。

コロナ禍とリーマンショックとの共通点

――新型コロナウイルスのパンデミックが経済に与える打撃は12年前のリーマンショックを上回る規模になるという予想もあります。水野先生はコロナ禍がグローバル経済にどのような変容を引き起こすと見ておられるでしょうか。

水野
本来ならば、リーマンショックとギリシャ危機のときにグローバリズムを見直しておくべきだったと私は思います。ある国や地域の金融危機、債務危機が世界全体に広がってしまうのはグローバル資本主義の弊害であり、当時も反グローバリズムの空気はありました。しかし、喉元を過ぎると忘れ去られてしまい、その後はさらにグローバル化が加速してきました。そして今回のパンデミックにより、再びその見直しが迫られています。こうしてウイルスに教えられなければ気づかないというのは、人間として情けないことですね。

今回もワクチンや効果的な治療法が確立されたら、また喉元を過ぎてグローバル化が加速する可能性はあるでしょう。それだけに留まらず、危機に乗じて自由市場経済を拡大する動き、ナオミ・クライン氏の言う「ショック・ドクトリン」が起こるかもしれません。現状でも、外出制限や営業自粛の影響で仕事を失った人々、オンラインワークや感染防止対策が徹底できない職業で命の危険を冒しながら仕事をしなければならない人々と、そうでない人々の間に格差が広がり、社会の分断が起きています。今後、それがさらに加速し、経済のみならず民主主義の危機も深まるのではないかと危惧しています。

――リーマンショックは人為的な要因で起きたために経済活動に対する反省もありましたが、それに比べると今回はウイルスという自然の脅威に端を発しているという点で、危機の質に違いがあるのではないでしょうか。

水野
リーマンショックはアメリカのウォール街を直撃しました。今回の新型コロナウイルスの累計感染者数も、インドでの急激な増加や欧州での再拡大はあるものの、10月下旬時点ではアメリカがトップです。感染の第1波では、まずニューヨーク市で爆発的な感染拡大が起き、ボストン、ワシントンを加えたメガロポリスに感染者と死者が集中しました。

日本でも、東京を中心とする首都圏、中京圏、関西圏という新幹線で結ばれたメガロポリスに感染者が集中していますね。そうした地域は人口密度も高く、人の移動も活発なため感染が広がるのは当然と言えるかもしれません。影響の広がりに関しては圧倒的に今回のほうが大きいわけですが、経済の中心地を直撃したという点はリーマンショックと共通しています。

「より遠く」、「より速く」が被害を拡大

水野
国や地域の境界をなくし、より自由に、より遠くへ移動できるようになることはグローバル化の功罪と言えます。人間が開発のためにより奥地へと森を切り開いて分け入っていき、それまで触れることのなかった土壌や生物と接触することで、病原体を持ち帰ってくる、あるいは逆に持ち込んでしまうこともあるでしょう。今回の新型コロナウイルスの発生源は不明ですが、世界中に感染が拡大したのはそれだけ人の往来があったからです。感染症流行の歴史を振り返っても、移動の自由が広がるにつれ、感染の範囲も拡大してきました。

例えば14世紀の黒死病は、海上貿易の発展に伴ってイタリアのベニスの商人が黒海のクリミア半島まで取引に赴いた際に感染し、港のある商業都市からヨーロッパ全土に広がったと考えられています。当時、寒冷期に入ったヨーロッパでは農作物の収量が減少し、商人が食糧を求めて「より遠く」へと動いた結果です。

リーマンショックも、アメリカのサブプライムローンを証券化した金融商品が国境を越えてグローバルに取り引きされていたことで、破綻の影響が世界各国に広がりました。ITを活用したプログラム取引で「より速く」金融商品の売買を繰り返し、収益を上げるモデルが影響を拡大した側面もあるでしょう。危機の質は違っても、「より遠く」、「より速く」をめざすグローバル資本主義のひずみが露呈したという問題の根っこは共通しています。

――100年前のスペイン風邪も第一次世界大戦における軍隊の移動によって広まったと考えられています。世界中で数千万人もの人々が死亡し、戦争の終息が早まりましたが、その後、世界大恐慌から第二次世界大戦へという大きな流れが起きました。今回のコロナ禍も、長期的に見ると新しい時代への一つのトリガーとなるのでしょうか。

水野
人の移動にブレーキがかかっていることは実体経済に影響していますが、最終的に時代の変革を強力に推し進めるようなインパクトをもたらすのかどうかは、今後の感染拡大状況によるでしょう。ただし、新型コロナウイルスが新冷戦とも呼ばれる米中間の対立をさらに深め、妥協の余地を狭めていることも否めません。この新冷戦がどう展開していくかも、今後のグローバル経済を左右すると思われます。いずれにしても、膨張を続けてきたグローバル資本主義が限界を突きつけられ、変容を迫られているのは確かではないでしょうか。

水野 和夫(みずの・かずお)

1953年、愛知県生まれ。埼玉大学大学院経済学科研究科博士課程修了。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)などを歴任。主な著作に『終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか』(以上、日本経済新聞出版社)、『資本主義の終焉と歴史の危機』、『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』(以上、集英社)など。

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