森本 あんり氏 神学者・国際基督教大学教授/山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
欧米企業は理念と具体的な意思決定が直結しているのに対し、日本企業は乖離していることが多いと指摘する山口氏。その原因として、日本企業は理念を闘わせる機会が少なく、自分の理念が身についていないためではないかと森本氏は考察する。

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日本企業に多いダブルスタンダード

山口
目的/価値合理に関連して言うと、欧米の企業は「理念」としてめざす価値を明確にし、具体的な行動や意思決定に直結させています。それと比較すると、日本企業は理念が具体を縛る度合いが低いように感じます。崇高な理念を掲げておきながら、具体的な行動ではそれとかけ離れたことを行う、ダブルスタンダードが多く見られるのです。グローバル化が進む社会では「抽象度の高い理念」を判断基準にしないと組織運営が難しくなると思うのですが。

森本
日本企業で理念と具体が一致していないのは、自分の語っている理念が身についていないためでしょう。それはなぜかと考えると、一つは、対立するような考えや理念を闘わせる機会が少ないせいかもしれません。理念を強く問われることがないため、人と環境に優しいとか多様性といった、当たり障りがなくスタンダードな「お題目」を設定しがちです。そのために具体的な行動と乖離してしまうのだと思います。

昨日たまたま、『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』という映画を観ました。世界的なファーストフードチェーン、マクドナルドの創業者をめぐる、実話に基づいた映画です。ファーストフードのシステムというのはもともとカリフォルニアの田舎でハンバーガー店を経営していた純朴なマクドナルド兄弟が確立したのですが、そのビジネスをやり手の主人公が乗っ取って一気に拡大したのだそうです。その人は、契約の抜け穴をついたりして強引なビジネスを行うのですが、とにかく「世界一になる」という理念ははっきりしている。倫理的でも理想的でもないけれど、営利企業として儲けをめざすのは当然であるとも言えますね。そうしたことが平気で言えるのも、アメリカ社会の一側面ではないかと思います。日本では、カネ儲けが第一だなんて思っても言えない空気があって、何となく理念は理念で当たり障りのないものを掲げておくので、実態とのズレが生じるということもありそうですね。

理念をあまねく広げようとする「永遠の青年」

山口
私が理念と具体の連続性について考えるようになったきっかけは、Google社のインターンに関するエピソードです。普通、インターンの学生に社内の重要事項は開示しないものですが、Google社ではインターンも社員とほぼ同様に計算リソースやデータにアクセスできるそうです。なぜそんなことをするのか聞いたら、「私たちの会社の創業理念は、世界中の誰もが情報にアクセスできる世界をつくるということです。インターンの学生と社員の間に情報格差をつくることは、その理念に反しますから」と言われました。

森本
それは驚きですね。

山口
Google社はその理念に基づいて、あらゆる国に乗り込んで情報格差を減らそうとしています。「情報格差のない世界はいい世界だと思いませんか」と。これはまさに福音主義の伝道者、エバンジェリストですよね。考えようによっては、かなりのお節介とも言えます。

先生はアメリカという国の特殊性についてはよくご存知だと思いますが、自分たちの信じる理念を世界中に広げようという「永遠の青年」のようなあり方、その行動するエネルギーには目を見張るものがありますね。

森本
そうですね、「ミッション」ですよね。マクドナルドのシステムを乗っ取った人も「これはいいものなのだから世界中に広めるのが自分の使命だ」と思い込んで行動するわけです。周りの人にとっては迷惑な話なのですが、そういうヒロイズムのようなものもアメリカ精神の特徴です。自分たちが設定した理念に、自分たちも従属しながら世界に広めていこうとするのがアメリカの考えるグローバリゼーションです。同じ大国でも中国はそのようには考えていないでしょうね。

アメリカがそうした永遠の青年のようであり続けられる理由の一つは、負けを知らないことだと僕は思います。ベトナム戦争は負けましたが、これまで大きく失敗したことはなく、失敗してもすぐにやり直せると思っている。もう一つは、近代啓蒙主義の時代に自分たちで理想の青写真をつくり、「せーの」と始めた合理主義の国であるため、しがらみが少ないことです。日本も中国もイギリスも、古代から歴史を積み上げてできた国です。企業も歴史と伝統があるとそれまでのやり方を簡単には変えられませんが、ベンチャーなら新しい理念をぱっと出せます。そうした点がアメリカの特徴と言えるかもしれません。

森本 あんり(もりもと あんり)

1956年神奈川県生まれ。国際基督教大学人文科学科卒,東京神学大学大学院を経て,プリンストン神学校大学院博士課程修了(組織神学)。同校やバークレー連合神学大学で客員教授を務める。国際基督教大学人文科学科教授等を経て,2012年より2020年まで同大学学務副学長。専攻は神学・宗教学・アメリカ研究。近著は『反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体』(新潮選書),『宗教国家アメリカのふしぎな論理』(NHK出版新書),『異端の時代 正統のかたちを求めて』(岩波新書)など。

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

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