森本 あんり氏 神学者・国際基督教大学教授/山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
コロナ禍と呼ばれる状況下、通勤や移動、街での飲食、イベントやレジャーなどのあり方も変化を余儀なくされ、それまで当たり前と考えられていた日常は非日常となった。感染症と共生しながら社会を動かしていくという「新しい日常」が模索される今、医学や生物学だけでなく社会学の知見に学ぶ意義が高まっている。
神学・宗教学を専門とする森本あんり氏は、宗教史の切り口からアメリカ社会の奥底に流れる反知性主義を分析、異端と正統の生態を解明し、現代社会の深層に鋭く切り込んできた。森本氏をゲストに迎えた今回のオンライン対談では、宗教の果たす役割について掘り下げながら、大きな転換点に差しかかった社会との向き合い方を読み解いていく。

世界は思い通りにならないものである

山口
森本先生、本日はよろしくお願いいたします。先生が長年追求されているテーマである「反知性主義」や「異端と正統」などについて伺いたいと思っていますが、その前に現在のコロナ禍をどのようにご覧になっているか、お聞かせいただけますか。

森本
今回のことを通じて私たちは、予測できない事態が世界と自分の人生に起こりうるということを再確認しました。それまで自分がよく考えて計画してきたこと、合理的に設計してきたことが多かれ少なかれ崩れてしまい、自然も人間も社会も想定外のリスクを内包する不条理な現実だ、ということが実感されたのではないでしょうか。

世界は思い通りにならないものである。このことを前提に、「これから幸せに暮らすには、あるいは社会をよりよくするには、どうあるべきか」という本質的な問いを、個人も、組織も立て直さなければいけなくなりました。それは難しいことかもしれませんが、物事や社会のあり方について深く考えるきっかけになるのではないかと思います。

山口
西洋思想のベースにはキリスト教の終末論がありますね。キリスト再臨と最後の審判があり、新天新地が現れ、世界が完成する。その完成状態の未来に到達する手段として人生の努力があるという考え方は、アメリカの社会学者タルコット・パーソンズの言葉を借りれば「インストゥルメンタル(道具的)」であり、プロテスタンティズムから近代資本主義が生まれたというマックス・ウェーバーの考察につながりました。物質的に豊かな未来というゴールに向け、勤勉に努力することを倫理的によしとする思想が資本主義を支えてきたわけです。ここにきてその資本主義の発展に限界が見えつつある中で、「どう生きるか」の答えも変わっていくのかもしれません。

見えていなかったことに気づく契機に

森本
ウェーバーは合理性を「目的合理性」と「価値合理性」に分類しましたが、例えば利益の最大化というあらかじめ与えられた目的に向けてインストゥルメントを順序立てて揃え、行動するという目的合理的な行動を日本人は得意としています。一方で、そういう目的そのものを倫理や美意識といった絶対的な価値から新たに自分で設定して、それに献身するという価値合理的なアプローチは苦手なように感じます。ただ、コロナ禍のような不条理に直面すると、普遍的な価値から物事を考えることが必要になってきます。

ユダヤ・キリスト教的な終末論に基づいた直線的な進歩史観についてはおっしゃるとおりですが、実はあの説にはあまり知られていない大きな落とし穴があります。それは、終末というものは神が設定するため、どういう目的で決められ、いつやって来るのか、人間にはまったく分からないということです。そう考えると、社会がある方向に進んだことを「進歩した」と言うのは、人間の都合のよい解釈の結果で、そのことを批判的に見る力も必要ではないかと思います。

山口
確かに、人間が考える完成形が神の考える終末のイメージと一致するなんて、おこがましいにも程があるということですね。

神の国の到来については、見える形では来ないともイエスは言っていますね。「神の国はあなたの中に生まれるものだ」という、これも非常に含みのある言葉だと思います。物質的に新しい世界ができるのではなく、人の精神のあり方が変わるのだという考え方は、「遍界不曾蔵(へんかいかつてかくさず)」という禅語と近いのではないかと思います。物事の真実の姿はどこかに隠されているのではなく、初めからあなたの眼の前に現れているという意味です。それに気づくかどうかだと。

森本
いい言葉ですね。

山口
はい。先ほど「物事を深く考えるきっかけになる」と先生がおっしゃったように、コロナ禍という不条理に直面したことが、今まで見えていなかったことに気づく機会になるかもしれません。

森本 あんり(もりもと あんり)

1956年神奈川県生まれ。国際基督教大学人文科学科卒,東京神学大学大学院を経て,プリンストン神学校大学院博士課程修了(組織神学)。同校やバークレー連合神学大学で客員教授を務める。国際基督教大学人文科学科教授等を経て,2012年より2020年まで同大学学務副学長。専攻は神学・宗教学・アメリカ研究。近著は『反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体』(新潮選書),『宗教国家アメリカのふしぎな論理』(NHK出版新書),『異端の時代 正統のかたちを求めて』(岩波新書)など。

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

「第2回:悪いことをして長期的に幸せでいられる方法はあるか」はこちら>