一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

毎週月曜日に配信されている、楠木建の「EFOビジネスレビュー」。その中で載せきれなかった話をご紹介する、アウトテイク。これが、めちゃめちゃ面白いです。

奈良に『菊水楼』という120年以上続いている老舗料亭があります。立地は奈良でも最高の場所で、登録有形文化財にもなっています。この老舗料亭も、現在はPlan・Do・Seeが運営しています。

僕は、たまたまPlan-Do-Seeが手がけるずっと以前、20年近く前に『菊水楼』に泊まったこと(※)があるんです。僕の妻が奈良で育った人なので、子どものころの思い出をたどってみようということになりまして、何かで調べてこの老舗旅館の存在を知り、まだ小さかった娘と3人で『菊水楼』に泊まりました。

(※)現在は宿泊できません。

宿泊の当日、『菊水楼』を訪ねていきますと、いつお迎えが来てもおかしくないおじいさんとおばあさんが立っていて、「いらっしゃいませ。楠木さまですか」といきなり名指しでご挨拶をされました。少し驚きまして、「なんで僕が楠木だとわかったのですか」と聞きますと、「いや、宿泊のお客さまは久々なもので」と言うんです。

当時の『菊水楼』は、高齢化なのか人手不足なのかその両方なのかはわかりませんが、宿泊までオペレーションが回らなくなっていて、手間がかかる宿泊客はとらずに、地元の人たちが会合で使うような宴会中心の料亭としてのみ営業していたようなんです。なぜ僕の予約を断らなかったのかはわからないのですが、われわれは久しぶりの宿泊客ということでした。

おじいさんは、「そうだ、お風呂沸かさなくちゃ」、「久しぶりだな、このお風呂沸かすのは」なんて言っているし、部屋に行くときに歩く廊下の床がもうブカブカになっていて、いかにも幽霊が出そうな雰囲気なんです。妻と娘は、あまりの怖さに、「今すぐここを出て奈良ホテルに泊まろう」と言い出す騒ぎで、なだめたりすかしたりして苦労しましたが、食事はとても美味しく、おじいさんとおばあさんの昔話にも味があり、今では良い思い出です。

あの歴史に押しつぶされそうになっていた『菊水楼』に目をつけ、現代によみがえらせる。ビフォーの状態を身を持って知っているだけに、Plan-Do-Seeの慧眼と手腕には感心します。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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