特定非営利活動法人地域再生機構 副理事長 平野彰秀氏 / 株式会社日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長 八尋俊英
働き方改革など、従来のあり方を変える取り組みがなかなか進まないのは、規則やしくみを変えても、肝心の個々人の意識改革が追いつかないことにある。固定観念を壊すカギは、環境を変えるなどして未知の経験をすることに加え、自身の心に偽りなく、素直に行動できるようなミッションを見出せるかどうかだと、平野さんは語る。

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既成の概念を打ち破るために必要なこと

八尋
働き方改革もそうですが、既成の概念を打ち破るためには、厳格な組織の中にいるよりも、このHUB GUJOのようなシェアオフィスで肩書きに関係なく働くことが一つのヒントになりそうです。郡上のように近くに森や川がなくても、東京のシェアオフィスでも個人に戻れるような場をつくることは可能かもしれません。

平野
Googleなど、生産性の高いチームは心理的安全性が確保されていると言われるように、組織論自体もここ10年で大きく変わってきました。ただ、私自身は日本の伝統的な組織に身を置いていないので、実感できない面があります。実際のところはどうなのでしょう?

八尋
まさにいま、働き方改革のコンサルティングが、我々の仕事の大きな割合を占めています。そのために、ペーパーレスにしたり、クラウドを活用して情報共有を促したりするほか、社員に加速度センサーをつけてそれぞれの活動量を測り、組織全体のモチベーションの向上につなげるといった、先端のサイエンスの知見を生かした技術の導入が始まっています。しかし実際には、いくら優れた組織論や技術があっても、一人ひとりに考え方が浸透しない限りは、改革は難しいと感じています。

しかも、その改革の手法が欧米に倣ったものであればなおさらです。日本にはいまだに中世から続くような「御恩と奉公」的な価値観が根強く残っています。これを打ち破るには、前回、お話しされていたように、価値観をガラッと変えるような強烈なインパクトが必要なのかもしれませんね。たとえばビジネスパーソンであっても、哲学者や人文系の研究者の話を聞く機会を持ったり、平野さんのような地方創生に注力されている方など、まったく違う立場の、異なる考えを持つ人と対話することが緒になるように思います。

組織の枠を超えた取り組みが始まっている

平野
私が最近、よく話をする人たちは、私より10歳くらい下の20代後半から30代前半の人が多いのですが、彼らの多くは会社以外のコミュニティをとても大事にしているように感じます。その分、会社に対するロイヤリティは低くなっていて、それを無理に従来のやり方にはめようとしても、うまくいきません。すでに若い人たちの間では組織の垣根はなくなってきているのです。

たとえば、2018年に株式会社電通から出向して、郡上市で一般社団法人をつくり、事業を起こした岡野春樹さんという方がいるのですが、彼も、郡上に来て、中山間地域の集落の暮らしに浸り、郡上の人や自然や文化に触れる中で、自分らしさをより深め、彼にしかできない役割を見出しつつある一人です。彼が仕掛けたワークショップでは、郡上の人も都市の人も、多くの人たちが生き生きとプロジェクトに取り組んでいます。彼は最近その経験を出向元の電通や、都市部の企業・個人に還元する方法を見出して、さらにいきいきと活動しています。

八尋
郡上には、本当にさまざまな人がいらっしゃるのですね。平野さんの存在も大きいと思いますが、行政の間口も広いわけですね。

平野
地方の衰退という危機感があればこそ、外部の人の意見をどんどん取り入れていこうとしているのでしょう。ちなみに、その岡野さんは現在、「郡上カンパニー」というプロジェクトのディレクターも務めています。これは、私と岡野さんたちで始めた起業支援の取り組みで、都会の人が郡上に3カ月ほど通いながら一緒にプロジェクトを育て、その後、3年にわたって共同創業をしていくというプログラムです。ここ3年ですでに約30のプロジェクトが生まれています。

自分に偽りのない行動が、社会をよりよく変える

八尋
そういった取り組みに踏み出せる人と、踏み出せない人の違いは、どこにあるのでしょうか。

平野
自分の仕事や活動が、本当にやりたいことなのか、使命として本当にバリューのあることなのか、為すべきミッションであると思えるかどうかだと思います。

かつて、私がブーズ・アレン・ハミルトン(現PwCコンサルティング合同会社)に勤めていたときに、社長から、「ミッションやバリューというのは、自分の胸に手を当てたときに間違いがないと思えるものでなければならない。企業のミッション&バリューも、社員が素直にそう思えることが大事だ」と教えられたことがあります。企業の理屈や組織上の立場で動くのではなく、自分の胸に手を当てて、本当にやるべきことだと素直に思えれば、違和感を持つことはありません。自分を偽ることなく、自分に与えられた天命や役割に沿った仕事を見つけられる人が増えていくといいなと思っています。

個人が自分に素直に、偽りなく働くことができ、それが他者の人生にいい影響を与える、ということが幸せへとつながる。それは、いま世界の共通の課題とされているSDGsにも結びつく考え方だと思っています。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=佐藤祐介)

八尋俊英

株式会社 日立コンサルティング代表取締役 取締役社長。中学・高校時代に読み漁った本はレーニンの帝国主義論から相対性理論まで浅く広いが、とりわけカール・セーガン博士の『惑星へ』や『COSMOS』、アーサー・C・クラークのSF、ミヒャエル・エンデの『モモ』が、自らのメガヒストリー的な視野、ロンドン大学院での地政学的なアプローチの原点となった。20代に長銀で学んだプロジェクトファイナンスや大企業変革をベースに、その後、民間メーカーでのコンテンツサービス事業化や、官庁でのIT・ベンチャー政策立案も担当。産学連携にも関わりを得て、現在のビジネスエコシステム構想にたどり着く。2013年春、社会イノベーション担当役員として日立コンサルティングに入社、2014年社長就任、現在に至る。

平野彰秀

特定非営利活動法人地域再生機構 副理事長。特定非営利活動法人HUB GUJO 理事。1975年岐阜市生まれ。東京大学工学部都市工学科卒、同大学院環境学修士。北山創造研究所で商業施設プロデュースに携わった後、ブーズ・アレン・ハミルトン(現PwCコンサルティング合同会社)にて、大企業の経営戦略コンサルティングに従事。2008年春、ブーズ・アレン・ハミルトンを退職し、岐阜にUターン。2009年秋より、地域再生機構理事に就任。2011年秋より、郡上市白鳥町石徹白在住。2014年春、石徹白農業用水農業協同組合を設立し、集落ほぼ全戸出資による小水力発電所建設に携わる。2016年、石徹白番場清流発電所稼働開始。現在、特定非営利活動法人やすらぎの里いとしろ 理事長、石徹白農業用水農業協同組合 参事、石徹白地区地域づくり協議会 事務局、石徹白洋品店株式会社 取締役、郡上カンパニー ディレクターなども務める。

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