一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

毎週月曜日に配信されている、楠木建の「EFOビジネスレビュー」。その中で載せきれなかった話をご紹介する、アウトテイク。これが、めちゃめちゃ面白いです。

大学院時代、研究開発をテーマにしていた頃の話です。当時は通産省のいろいろな研究所がつくばにあったんです。その中に工業技術院という公的な国のお金でやっている研究機関がありまして、日本の電子技術の研究拠点になっていました。昭和の時代の話です。

今でも名前を覚えてるのですが、××さんという通産省の役人の方が工学技術院の管轄でいらっしゃいました。僕は自分の博士論文のために、そこの研究者の方々にどうしてもサーベイ(調査)をしたかったんです。もちろん先方には何の得もありませんから、とにかく丁重にお願いをしました。

××さんはその窓口だった方で、「こういう調査をしたいと思っておりまして、ぜひお願いします」という手紙を書きました。「だったら君、一度、つくばに来なさい」という連絡をいただきまして、当時はネットもないので調査票をワープロで入力し、それを人数分コピーして、紙袋に入れて、つくばエクスプレスも走っていないので、東京駅からバスに乗ってつくばに出かけました。

それで工学技術院の研究所を訪ねまして、××さんに「ぜひ、このサーベイをやらせてください」とお願いしたんです。そうすると××さんは「君、大人の世界わかってないね」「こちらもいろいろと事情があるので、そんなのできるわけないじゃない」と言われたんです。
やらせてくれるのかなと思って期待して行ったのに、断られました。確かにこちらの一方的なお願いなので、断られればどうしようもありません。その日は帰りましたが、××さんの顔と名前は頭に残りました。

でもどうしてもサーベイをやる必要があったので、別な日に正門の所で通勤してくる研究者や先生方に、「おはようございます。調査をお願いします」と直接調査票を手渡しすることにしました。当然多くの人から断られるのですが、「これは僕がメールボックスに入れて回収してあげるよ」と言ってくださった先生がいたんです。後でわかったのですが、この人はアモルファス合金の分野で世界的な研究者の方でした。すごく立派な人に出会えたことも素晴らしい記憶として残りました。

その後10数年の歳月が過ぎたある日、当時の科学技術庁から「ある委員になってくれないか」という依頼をいただきました。その書面に「××」という、あのときサーベイを断った人間の名前があったのです。僕は「ぜひ一度、お話を伺いましょう」と返事をしました。

そして後日、××さん御一行が僕のオフィスを訪ねて来ました。向こうは、もうすっかり僕がその委員を受けると思っている様子で、「先生、こういう委員会で、こうなっていまして、ああなっていまして、こういう役割でぜひよろしくお願いします」と説明をしてくれます。

ひと通り話を聞いたところで、僕は「お断りします」と言いました。相手は「は?」という顔付きです。そこで、「私は、このご依頼は辞退させていただきます」とたたみかけまして、××さん御一行にはお引き取りいただきました。あのサーベイのときのことなどもちろん覚えていない××さんは不可解な様子でお帰りになりました。

ことほど左様に、僕はわりと執念深い方です。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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