いま求められているのは、サステナブル(持続可能)な成長のあり方。そのためには、マーケットの総取りというかつての方法論を脱却して、世界の人々と価値観を共有して、共に新しい価値を創出するという発想の転換が大切です。テクノロジーは、性別、出身、国籍などに関わりなく、誰にも平等という点が良いところ。そのテクノロジーを生かして、世界に貢献していくことが日立の使命と考えています。

「第1回:アナログ力が協創可能な企業文化を生む」はこちら>
「第2回:運がいい人と悪い人」はこちら>
「第3回:理想的なリーダーの3条件」はこちら>

一人勝ちではなく、世界に貢献するという発想

塩塚
わが社は2008年、2009年に。100年続いてきた企業が、きわめて短い期間で崩れ去るかもしれないという危機に見舞われました。当時は、最先端の技術で、優れた製品を出しさえすれば、必ずお客さまや社会に迎え入れられるという発想だったんですね。製品をつくって送り出すという事業では、マーケットを総取りすることで、勝つことができました。その成功体験に、従業員全員がとらわれていました。

中野
マーケットの総取りというのは、まさに焼き畑農業のような世界ですね。

塩塚
そうなんです。サステナブルではないんです。だからこそ、その時の反省から、私たちは会社組織や事業構造を含めて、さまざまな点を大きく変えました。一人勝ちをめざすのではなく、社会イノベーション事業を通じて世界中の人々が安全安心で快適に暮らせるよう世界に貢献しようと、これは日立の従業員がみんな本気でそう思っています。

中野
さすが日本を代表する企業だと、いま感動して聞いていました。実は、日本という国自体が、戦後、先進的な技術を追求して先進国のキャッチアップすることにまい進しましたが、その一方で外部と開かれた関係をつくるという視点を欠いていたように思います。優れたものが必ずしも勝てるわけではないということを、私たちはあまり教わってきませんでした。しかし、実際はみんなが望むものは、単に優れたものでなく、使いやすいものや快適なものへと移っていきました。その結果、優れたものを送り出して、成果を一人で総取りするというやり方はサステナブルな戦略ではなくなりました。携帯電話がいい例なのですが、国内ではすごく進化していたのですが、世界からは取り残されて「ガラパゴス化」とさえ呼ばれました。 

塩塚
日立の歴史を振り返ると、最初の30年はどんどん技術力を高めて、次の30年で定着させ、次の30年で拡大して…という形で成長してきました。その結果、過去の成功体験にとらわれて、技術的に優れたモノを出せば、成長し続けられると考えるようになったのですね。従業員の誰一人として、お客さまの望んでいることから遠ざかろうなどとは考えていなかったのですが、結果的にはお客さまから遠ざかってしまいました。博士号を持っているような優れた人財がたくさんいても、縦割りの組織で交流にも欠けていましたから、外部の変化に誰かが気づいたとしても、それを組織全体で共有することができませんでした。

中野
それは勿体ないことですね。私はフランスの研究機関で働いて、すごく良い経験ができたと思うことがあります。日本では、「これからは新しい発想が必要」と言いながら、研究室ですらこれまでの枠などをはみ出さないよう、画一的な考え方が根底にあるように思います。でもフランスでは、Deux avis valent mieux qu'un(意見は一つより二つあるほうに価値がある)と言います。異なる二つの意見を対立的にとらえるのではなくて、二つあったほうが一つより豊かだと見るわけです。だから、ランチタイムやお茶の時間は、みんなで活発に意見を交換します。フランスではランチをしっかりと2時間くらい取り、お茶の時間も多くて、みんないつ仕事をしているのかと思っていました。でも、ランチタイムやお茶の間に議論を交わすその時間こそが、それぞれの仕事に生かされて、みんな素晴らしい論文を発表します。

塩塚
そういうオープンな議論が大切ですね。私どもの研究所も一人ひとり優秀な頭脳をもった研究者やデザイナーの人たちが、お客さまやパートナーとのオープンな協創により、イノベーションの創出を加速する研究開発の拠点として『協創の森』を開設しました。その結果、多様な人が『協創の森』を訪れるようになり、うちのドクターたちも活性化しました。

中野
それは素晴らしい取り組みです。

誰にも平等であることがテクノロジーの良い点

塩塚
また、日立ではハピネス(幸福感)の研究を行っているのですが、あるコールセンターでは、休憩時間のスタッフのおしゃべりが盛り上がり、楽しい時間が持てると、休憩後の業務の生産性も上がるということが実証されました。
最後に、中野さんのテクノロジーに対する期待をお聞かせください。

中野
私は、テクノロジーの良いところは平等であるということだと思います。誰でも勉強すれば使えるようになるし、開かれていて、良いと思います。いまでは子どもでも勉強すればプログラミングもできて、アプリもリリースできて儲けることもできる。自分で自分の富を創出できるという点が大切です。テクノロジーが私たちの生活を変えるということができると思います。

塩塚
それはたいへん力強い言葉をいただくことができて、嬉しい限りです。テクノロジースキルにアナログ力を加えることで、ソーシャルイノベーションビジネスを展開したいと思っています。そして、いま日立では世界で30万人くらいの人が働いていますが、その全員が「運のいい人」になるような組織を育成していきたいですね。ですから、運は決してゼロ・サムではなくて、誰にも均等につかみとる機会があると信じて取り組んでいきたいと思います。

中野
それは100%賛成です。みなさんが「運のいい人」になってほしいと思います。

塩塚
いろいろなスキルセットやマインドを持った人たちが、これからは必要です。私たちは、これまで日本だけでなく、アメリカ、アジア、ヨーロッパなど、世界の幅広い地域の核となる場所に拠点をつくってきましたが、これからは、それを面にしていかなければいけません。働くチームの編成もバラエティに富んだものにしていき、働くスタイルも変えていき、多様な環境をつくって男女問わずそれを選択できるようにしていくことで、活力を生み出していきたいと思います。そのためにも、今日はいろいろなヒントをいただくことができました。お忙しい中、お付き合いいただきありがとうございました。

中野信子(なかの・のぶこ)

1975年生まれ。東京大学工学部卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年~2010年、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に博士研究員として勤務。現在、東日本国際大学教授。『科学がつきとめた「運のいい人」』(サンマーク文庫)、『脳はどこまでコントロールできるか』(ベスト新書)、『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ』(幻冬舎新書)、『サイコパス』(文春新書)、『キレる!』(小学館新書)など著書多数。

塩塚啓一(しおつか・けいいち)

1977年 株式会社 日立製作所入社、2010年 情報・通信システム社 金融システム事業部長、2012年 理事 情報・通信システム社 システムソリューション部門COO、2013年 執行役常務 情報・通信システム社 サービス部門CEO 、2015年 執行役専務 情報・通信システム社 システム&サービス部門CEO等を経て、2017年より代表執行役執行役副社長 システム&サービスビジネス統括責任者。