PMI(Post Merger Integration)において、人材マネジメントが最重要だと語る小沼氏。その一環として、社内外のステークホルダーとのコミュニケーションにどう取り組むべきか。インターナル・コミュニケーションとエクスターナル・コミュニケーション、双方のアプローチとは? クロスボーダーM&Aを担当する経営層や事業責任者へのアドバイスとともに伺った。

「第1回:デジタル・ディスラプションで変貌するクロスボーダ」はこちら>
「第2回:統合効果を早期に創出するためのPMIプロセス」はこちら>
「第3回:PMIで最優先すべき理念・ビジョンの策定」はこちら>

インターナル・コミュニケーションの重要性

――M&Aに際し、社内外のコミュニケーションについて注意点があればお聞かせください。

小沼
これはPMI全般に関わることですが、実際にシナジーを創出していくのが双方の経営陣であり、現場の従業員である以上、正しいインターナル・コミュニケーション(IC)が不可欠です。コミュニケーションがうまくいかないと、M&Aの所期の効果も発揮できないということが起こり得ます。

これまでも何度か強調してきましたが、企業競争力の源泉は「人」にあります。その能力を最大限発揮させるのにICが役立ちます。

また、以前、私自身も弊社のコーポレートコミュニケーション部門で働いていた経験から感じるのは、ICには「従業員に組織との一体感を強く意識させる」という効果があり、それが企業や製品ブランディングにもつながるということです。ICを通じて、マーケティングに直接関係しない従業員も、会社の多くの製品を知り、会社の強みに興味を持ち、競争力の強化・向上について考えるようになるからでしょう。

特にクロスボーダーM&Aでは、コミュニケーションの問題が言語や文化の異なる地域で同時に発生するため、PMIの早期の段階から、戦略的に設計する必要があります。

外部への情報発信も的確に

――具体的にはどのような取り組みをするのが良いのでしょうか。

小沼
さまざまなやり方がありますが、セレモニーや研修、ハンドブックの配布、懇親会、飲み会など、理念・ビジョンを共有するための施策を行うべきでしょう。また、従業員にとっては、企業の成長が自身の報酬に跳ね返ってくることを明確に伝えるとか、人員整理はしないといったことを伝えて不安を払拭することが重要です。

もちろん、エクスターナル・コミュニケーションもしっかり行って、外部の評価を得る必要があります。買収企業・被買収企業が上場企業の場合、投資家、アナリストへのインベスター・リレーションズ(IR)は必須です。特に、M&Aの公表は株価に大きく反映するため、世界中の多様な相手に向け、短期間で複雑かつ高度な対応が必要になります。

当然、デジタル関連企業の場合は、エコシステム全体とのコミュニケーションも欠かせません。さらに、タイムリーなメディア・リレーションにより、自社のメッセージを正しくポジティブに伝えてもらう必要もあります。

M&Aリテラシーとスキルの強化が不可欠

――M&Aに取り組む企業の経営者や事業責任者にアドバイスをお願いします。

小沼
これは、M&A初心者というよりも、グローバル展開をある程度積極的に推進している企業に対してですが、ぜひ、M&Aリテラシーとスキルの強化に取り組んでいただきたいと思います。

今後、成長機会を海外に求め、その手段として海外企業に対するM&Aを推進していく場合、経営層や従業員のM&A経験の蓄積やノウハウの習得が急務です。特に経営層の場合は深刻で、経営会議や取締役会にM&Aリテラシーの低い人が混じっていると、リスクがあるのなら止めましょうとか、実務上問題のない点についても細々指摘するなどして、歯止めがかかってしまうケースが多々あります。

しかし、デジタル・ディスラプションによりビジネス環境が大きく変わりつつある現在、ある程度のリスクテイクはやむを得ないケースが出てくるでしょう。その際に、リスクテイクができるスキルや経験のある人材が経営層に入っていることが不可欠です。

そのためには、海外拠点の経営やPMIを含む海外企業のM&Aに携わった経験をキャリアパスとして明示して、そうした経験を積んだ人材を経営層に引き上げていくような取り組みが、今後ますます重要になってくるでしょう。

また、M&Aを手掛けた経験から得られた実務的なスキルやノウハウ、ナレッジが属人化、もしくは暗黙知化しているケースも少なくありません。データベース化やマニュアル化などの形式知として蓄積・活用すべきです。

グローバル・オペレーティングモデルを整備すべし

小沼
次に、海外企業に対するM&Aを意識したグローバル・オペレーティングモデル(GOM:Global Operating Model)を構築・整備することが重要です。GOMは、本社プラットフォーム/機能プラットフォーム/人材プラットフォームという3つの経営プラットフォームと、社内IT/企業風土・価値観/ダイバーシティという3つの要素により構成されます。

現在、M&Aを積極的に行っていない企業であっても、今後、グローバル企業をめざすのであれば、業務のプロセスやITシステムなどについて、グローバルレベルで通用するような業務運営のしくみをつくっておくことをお勧めします。これをPMIのプログラムに組み込んでおけば、後から大きな企業を買収することになっても、GOMを適用して、効率的・効果的に統合効果を創出できると思います。

ただ、実際には、既存のしくみを相手方に当てはめるだけでなく、それぞれの企業の地域特性や事業特性に合わせてカスタマイズする部分を弁別しなければなりません。たとえば、人事制度の骨格だけはあらかじめ決めておいて、あとは現地に任せるという判断も必要でしょう。また、相手方のガバナンスシステムが優れていると思えば、それを柔軟な姿勢で逆輸入することもあり得ます。

M&Aの経験の浅い企業では、外部のコンサルティング会社などにアドバイザーを頼むことも、抜けや漏れを防ぎ、最適解を導き出すうえでは、時間的にもコスト的にもメリットが大きいのではないかと思います。もちろん、その際も丸投げは禁物です。内部の方が当事者意識をもって主体的に関わることが、M&Aを成功に導くうえでがきわめて重要だと思います。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

小沼 靖(こぬま・やすし)
株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部シニアコンサルタント/プロジェクト・コーディネーター。1958年生まれ。82年早稲田大学商学部卒業後、日系医療機器メーカーに勤務。91年イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校会計学修士(MSA)、92年サンダーバード国際経営大学院経営学修士(MBA)取得。外資系飲料メーカーを経て、野村総合研究所入社、現在に至る。著書に『日本企業型グループ・リストラクチャリング』など。