M&Aによる統合効果を早期に創出するためには、プレM&AとPMI(Post Merger Integration)それぞれのプロセスで十分な取り組みをする必要があるという小沼氏。プレM&A、PMIにおいて具体的に実施すること、注意すべき点について、詳しくお話しいただいた。

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事前の企業風土と人材の評価が不可欠

――プレM&Aプロセスでは、人事・組織に関するデューデリジェンスが重要ということですね。

小沼
はい、とりわけ企業風土評価と人材評価をおろそかにしてはなりません。

やはり、買収側と被買収側の企業風土の差が大きいと統合効果はなかなかうまく享受できないものです。その際は、被買収企業の社長が、買収契約締結後も引き続き組織に強く関与し続けたほうがよい成果を生むという研究結果も出ています。自立経営をある程度、認めたほうがいいということですね。

人事・組織デューデリジェンスの結果、どのような人材マネジメントの施策を行っても、①従業員のモチベーションの低下が避けられない、②必要とする人材要件と従業員の能力レベルが大きくかい離している、③企業風土の融合が困難である、といったことが予想される場合は、M&Aの中止も視野に入れるべきでしょう。

したがって、事前に企業風土を定性的評価だけでなく、定量的にも評価することが必要になってきます。多くの業界がデジタルトランスフォーメーションによる産業構造の変革に直面する中で、新たなケイパビリティの獲得は急務となっていますが、その源泉は人にほかなりません。今後ますます、人事・組織デューデリジェンスの重要性が高まっていくでしょう。

PMIで行うべき4つのステップ

――次に、PMIプロセスについて伺います。PMIでは具体的に何を実施すべきでしょうか。

小沼
M&Aをコンピュータシステムの構築にたとえるなら、買収契約締結までがハードウエア(箱)を用意した状態と言えます。その後、さまざまなソフトウエア(中身)を実装して、ようやくコンピュータとして機能するように、OSやアプリケーションをつくる部分にあたるのがPMIの役割です。PMIでは、シナジー効果を早期に、当初の計画どおりに創出させることが重要です。

まず、PMIの中で優先的かつ迅速に取り組むべきなのが、①理念・戦略の策定です。双方の会社の理念と戦略をすり合わせて、その企業の存在意義と使命を示す作業を行います。

次に短期的に進める必要があるのが、ガバナンスや組織、内部統制、管理会計、経営管理といった、②経営基盤の統合です。人事や総務、経理などのコーポレート機能を担う間接部門の整合性を取りながら一つにまとめなければ会社の業務が回らなくなってしまいます。

次にやるべきは、業務プロセス・ITシステムなどの③業務基盤の統合。こちらも間接部門と同様に一本化して効率化を図る必要があります。

最後は、④意識・企業風土の最適化です。お互いの“いいとこ取り”をするのか、あるいはどちらかの風土に寄せるのか、新たな企業風土をつくり出すのか、より良い道を探りながら進めます。

PMIは、M&Aの目的によって統合プロセスが異なる

――前回、PMIは、M&Aの目的によってその内容・範囲・期間が異なるというお話がありました。

小沼
M&Aの目的は、大きく、以下の3つに分けられます。目的1は「シナジーのある事業の獲得」、目的2は「事業ではなくケイパビリティ(組織能力)の獲得」、目的3は「シナジーに関係なく事業の投資収益の獲得」です。

目的1のM&Aは、市場シェアの拡大や顧客基盤の拡大、新規事業への進出などを目的に、すでに事業が確立されている企業を対象とします。

この場合、買収企業および被買収企業を含めて広範囲にわたる全面的なPMIが必要になるため、比較的時間がかかります。よって、緊急性が高く優先的に整備する必要があるものと、時間をかけてじっくり整備するものとを弁別する作業が必要になります。その上で、優先的に整備を進める短期策については、少なくとも、買収契約の最終合意から3カ月~半年くらいかけて行います。いわゆる「100日プラン」という形で進める場合もあります。

中長期策は、短期策と同時並行的に進め、短期策終了以降も継続して推進していくイメージです。

このシリーズで取り上げられていた日本たばこ産業(JT)のM&Aは、まさに目的1に該当し、PMIプロセスも前述のタイプです。JTは、生産・品質管理、研究開発については自社の強みを活かしつつ、グローバルマネジメントに関しては、被買収企業RJRIの最適なしくみ(税務、法務、IT、調達)をベースにして、海外のたばこ事業を担うJTインターナショナルのPMIを進めました。

このように、買収企業および被買収企業、双方の卓越したグローバル・オペレーティングモデル(GOM:Global Operating Model=グローバルで通用する共通の理念やビジョン、組織構造、しくみ・制度)を取り入れて最適化を図ることになります。

デジタル関連企業のM&Aではエコシステムに留意すべき

小沼
続いて、目的2は、新規事業開発力や新事業モデル開発力、独自のサプライチェーンなど、卓越した組織能力(ケイパビリティ)を獲得することをめざすM&Aです。近年、増えつつある新興のデジタル関連企業の買収はこのケースに当たります。

この場合、被買収企業のケイパビリティの維持・向上のための施策に限定して、100日プランのような比較的短期間でPMIを実施しなければなりません。デジタル業界では競争環境が厳しく、短期間で主力プレイヤーが入れ替わったり、技術革新が起こったりすることがあり、企業のケイパビリティも短期間で価値が変化する可能性があります。スピードは非常に重要です。

その際、自社の持っている大企業的なしくみをそのまま当てはめるのは避けたほうがいい。被買収企業のケイパビリティを破壊することなく、維持・向上に資する独自のモデルを構築、導入すべきでしょう。

――それはなぜですか?

小沼
デジタル関連企業のM&Aでは、相手方の持っている人材や技術、新しいビジネスを生み出すインキュベーションの力、経営トップの経営能力などのケイパビリティを獲得することが目的です。大手企業に買収されると、自分たちのビジネスがやりにくくなるのではないかとか、リストラされるのではないかなどと感じて、キーとなる人材が離れてしまえば買収した意味がなくなってしまいます。また、それらのケイパビリティはその企業の中だけにあるとは限らず、取引先の人材や技術、顧客データなど、エコシステム全体としてケイパビリティを有していることが少なくありません。つまり、新興のデジタル関連企業のM&Aでは、エコシステム全体の範囲を見極めて、ケイパビリティの源泉、キーパーソンなどを評価した上で、スピーディにPMIを進めていく必要があるということです。

――最後の目的3のケースはどうでしょう?

小沼
目的3は、シナジーに関係なく事業の投資収益の獲得をめざすM&Aです。これは、コングロマグリット企業や投資ファンドなどによるM&Aで、利益が出なければ売却して短期間にポートフォリオを入れ替えるようなケースです。この場合のPMIは、被買収企業のバリューアップのための財務戦略に限定されるため、比較的短時間での実施が可能です。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

小沼 靖(こぬま・やすし)
株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部シニアコンサルタント/プロジェクト・コーディネーター。1958年生まれ。82年早稲田大学商学部卒業後、日系医療機器メーカーに勤務。91年イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校会計学修士(MSA)、92年サンダーバード国際経営大学院経営学修士(MBA)取得。外資系飲料メーカーを経て、野村総合研究所入社、現在に至る。著書に『日本企業型グループ・リストラクチャリング』など。

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