一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

毎週月曜日に配信されている、楠木建の「EFOビジネスレビュー」。その中で載せきれなかった話をご紹介する、アウトテイク。これが、めちゃめちゃ面白いです。

僕は後期ド中年世代。だんだん高齢者に近付いてきています。最近よく聞く話で、高齢者には「キョウヨウ」と「キョウイク」が必要だって言いますね。「きょう用事がある」「きょう行く所がある」ということです。社会的・精神的な意味でも、みんなが働きたいときに、働きたいところで、働けるだけ働いて収入を得ることができるというのは、大切なことだと思います。年齢で人を見るということ、これにはあまりいいことがない。年齢というのは、性別と並んで重たい意味を持ちすぎているのではないかと思います。

たとえば昔の「重役」って、すっごい楽な仕事というイメージがありましたね。映画とかで見ると、重役出勤とかいって黒塗りの車で来て、会社に来たら新聞読んでて、不当な高給取りで、威張っている。これは、昭和の高度成長期という時代が、そういうのが成立し得る条件の下にあったからでしょう。

今の上場企業の社長を見たら、金もらったってこんなことできないっていうことをやっているんです。毎朝、わけのわからない外国人投資家との交渉。何かあると、わいのわいの言われて、常にメディアから注視されてて、市場での熾烈な競争に目配りして、よくこの人1億円や2億円でこんな大変な仕事してるな、僕なら1億払ってでも勘弁してもらいたいという仕事をしている。僕と同じように思う「普通の人」は多いのではないでしょうか。人間の報酬が、その人の貢献なり役割で決まるようになってきたということです。昔の映画で森繁久彌の社長シリーズみたいな不当にラクやトクをしているという感じはない。これはある種の成熟というか進歩だと思います。

昭和のサラリーマンの典型的なモデルが『サザエさん』の磯野波平氏です。調べてみたところ、彼は明治28年生まれの54歳。いまの僕と同じ年齢なんです。しかも、おとめ座の9月14日生まれ、僕は9月12日なので誕生日も2日しか違わない。現時点で申し上げると、僕は波平さんよりも2日年長ということになります。

波平さんはいまの54歳とだいぶ違う。見るからに「おじいちゃま」ですね。僕は頭髪だけは波平さんと同等というかむしろ凌駕している面がありますが、いまの僕から波平さんを見るとずいぶん年長の方のように見えます。

『サザエさん』の連載が始まったのは昭和21年です。日本の人口は約7,000万人。65歳以上の高齢者は5%以下で、約20人に1人。そうすると、昭和21年スタートの『サザエさん』の連載でいえば、54歳というのはあんな感じなんです。年齢は同じでも、社会的な役割とか認識とか立ち居振る舞い、行動様式、思考様式、現在とはまるで変わっているんです。

これぐらい時代が空くと、振り返ったときに世の中が変わっていることが良くわかります。世の中が変わっているのに、高齢者がまだ波平さん扱いされてる。無意味な威厳みたいなものを持たされたりして、本人よりも周りがそう認識しちゃって、年長で経験もあるのにこんなこと言っていいのかしらとか、こんな使い方していいのかしらみたいな気を遣う。そういうの、全然意味ないと思うんです。その人が納得して働いて、それに対する報酬を払うのであれば年齢は関係ないはず。ここにも日本の変化の余地は大いにあります。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。