一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

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日本は、人口減少や少子高齢化といった課題先進国です。この現実があるからこそ、今後さまざまな分野で有用な技術を使ったビジネスが生まれる可能性がある。もし、ここに大量の移民が安価な労働力として入ってきたら、せっかくの好機をぶち壊しにする恐れがある。

たとえば、エクサウィザーズというAIを使った介護サービスに取り組んでいる会社があります。介護の現場というのはご存知のとおりの人手不足ですが、エクサウィザーズでは市民一人ひとりの健康状態をAIで予測するといったサービスを提供しています。これは、単にAIという重要な技術をやっているというだけではなく、それを応用することで生産性を5倍、10倍に高められる可能性がある。これは、人手不足の日本が生んだ素晴らしいテクノロジーだと思います。

どんなビジネスも、結局需要があってのものなので、新しいビジネスが生まれるためには「切実な需要」が大切なんです。たとえば、アメリカでAmazonみたいな会社が生まれてeコマースで世界の支配的な立場になったのも、もともとのアメリカという国の持っているすごく切実な需要があるわけです。一番近い小売店が、12キロ離れたウォルマートみたいな。そういう所で暮らしてる人にとって、それはeコマースが便利でしょう。

それと比べると日本は、これだけコンビニがあって、ATMがあり、お財布をなくしても出てくるとか、ロジスティクスもばっちりという国。もちろん、それ以前から供給過剰の血で血を争う競争を通じて、どんどん価格や品質も良くなっている。だから、日本にはeコマースに対する切実な需要ってなかったと思うんです。その点でいうと、人手不足という状況下での介護というのは、日本は圧倒的に「切実な需要との距離が近い」ので、エクサウィザーズみたいな会社が出てくるのです。

高齢化社会の日本の人手不足には、高齢者の活用が大切になってきます。ここ10年かけて、女性の活用が徐々に進んできました。まだ3合目とか4合目で先は長いと思いますけど、高齢者の活用はもっと遅れている。ここに課題と可能性があります。

いままでだと、高齢者を活用してもITができないとかパソコンに触れないとかが問題でしたが、これからの高齢者はまずまずITリテラシーがあります。ITに限らず、自分が働こうっていう気持ちを持った高齢者の学習能力というのは高いものがあります。みなさん、真面目なんです。道路工事の現場で、赤い棒で交通整理をしている高齢者を見かけますが、あれだけ真面目に棒を振る人がいる国っておそらく日本だけですから。

たとえ交通整理がAIやロボットに代替されても、あの真面目な労働意欲がある人ならもっといろんな仕事ができるはずです。高齢者の活用という点でも人手不足は、すごくいい。しかも日本の高齢化問題の解決にもなるし、一石で何鳥にもなります。

これからは、年齢という変数を取り払った経営というものが必要です。つまり、「定年」という制度はきれいさっぱりやめる。仕事に対しての報酬は、その人の貢献なり価値でその都度決まっていくという労働市場での一番当たり前の契約に変わっていくべきです。

僕も、「成長戦略フォーラム」というものを3年間、大学の外で個人的にやっていたことがあります。その事務局を誰にお願いしようかなっていうときに、もともと僕が知ってたある銀行のOBの人にお願いしたのですが、ほんとうに助かりました。月に1~2回の仕事なのですが、向こうも喜んでやってくださって。

会社員でフルタイムで働いてるときにはモーレツに働いて、でも定年したらご隠居というのが昭和だったとしたら、いまはその時の状況に合わせて柔軟に、たとえば1週間に10時間でもいいから高齢者が働けることが重要です。高齢者というだけで身構えてしまうのは、年齢に意味を持たせ過ぎている。

これからは、年齢なんて誰も知らないような、お互い気にしないような社会、働き方っていうのが大切です。この点でも、人手不足はこれ以上ないほどいい契機になるということなんです。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。