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「第3回:人口減少の先にある社会。」はこちら>

僕は、人口減少は企業経営に対してとても良い「規律」を与えると思っているんです。

企業や経営が評価される場所というのは、3つあります。まず、第1は「競争市場」です。製品なりサービスの競争があって、お客さまが何かを選んで何かを選ばないっていう市場です。これが経営に対する規律となり、良いサービスは伸びていき、良くないサービスは淘汰されていきます。いろいろと問題はあるにせよ、この点で市場競争というのはやっぱりよくできている仕組みです。競争というのは、大変な面もあるけれども、いまだに市場経済が残っているということは、結局のところ、それが世の中のエンジンとして効果があるからです。

第2の評価される場は、「資本市場」です。株主、投資家が評価して、ある会社には資本が流れ、ある会社には資本が回らない。これも経営に対する重要な規律になります。この10年で見ると、リーマン・ショックのようなマクロ環境の変化はあっても、日本の上場企業の業績、収益性は上がっています。これは、明らかに「競争市場」プラス「資本市場」からの規律が強くなったということがあると思います。そんな体たらくでいいのかと株主がプレッシャーをかけるようになったことで、ROEを重視する経営が増えてきた。株主に対して利益貢献をしなければ別の所に資本が流れてしまうので、これは大変だという経営に対する規律になって、結果的に日本は収益性が上がっているということです。

そして第3の評価の場所が「労働市場」です。人手不足で大変だって言っている人がいるんですけれども、それはいよいよ労働市場が経営に対する規律の源泉になってきたということです。日本の場合、そもそも株主の力よりも従業員の声が経営に大きく届く。相対的にアメリカみたいな資本主義と比べると、より人本主義的で労働者のボイスが大きい社会なので、ここで規律が働くことは経営の質的向上につながるとてもいいことだと思うんです。

逆に言うと、労働市場で人がダブついてて、就職氷河期で何でもいいから雇ってくださいという状況は、経営を弛緩させます。経営者も人なので、外的な規律がないとかならず楽な方向へ行って、持続的な改善や質的向上が生まれにくくなる。これは人間の本性です。労働市場からの規律が効くということは、日本の経営にとってものすごくいいことなんです。

たとえば、以前ワンオペレーションで問題になった外食企業では、働き方や雇用形態を大きく改善しました。すると、働く人たちはハッピーになり、アルバイトも集まるようになった。それだけでなく、サービスが良くなったことで売上も増えたそうです。つまり、労働市場での評価と競争市場での評価というのは関連してるわけです。いい経営をやってると、労働市場でも競争市場でも、また結果的に資本市場でも評価されるというように、全部が絡んでいる。

いまは、人手不足倒産みたいなのも出てきていますが、僕は人手不足でつぶれるような会社というのは、もはや存在理由がなくなっているからだと思います。かなり無理をして生き残ってるゾンビ企業が、いつまでも続くということ自体が間違っている。ニーズに対応できていないとか、その経営の生産性や質が悪ければ存続は許されないわけです。いまの人手不足状況であれば、倒産した企業の人材はより社会にとって必要とされている商売のセクターへと移動していくことになる。そのほうがずっといい。新陳代謝が進むからです。

人手不足の話でいうと、安価な労働力を移民に求める、これに僕は反対です。たとえばドイツでは、「移民のみなさん、ここはオープンですから来てください」という政策をガンガン進めました。短期的には経済成長に貢献したと思います。でも、一連のEUの国、アメリカは前からそうですけど、トランプが出てきたり、ブレグジットだとか、それからヨーロッパの成熟した国で極右勢力が出てくるとか、ああいうのは移民政策の文化的なストレスの顕在化です。

ようやくEUではっきりしてきたように、短期的に労働力を増やすという点で移民は一番効く特効薬なわけですが、これに手を出すと文化的なコンフリクト(対立)に日本は耐えられないと思います。それ以上に重大な問題は、せっかくいま効きつつある経営に対する労働市場からの規律を緩めてしまうことにもなるということです。そうすると、また低賃金でいいかげんな昔ながらの思い付きの働き方に経営を回帰させてしまう面がある。優秀な人材が海外からきて日本で活躍したり、外国人が日本に資本を入れて日本で商売をやってもらうことは大賛成です。これこそ重要なことだと思います。ただし、僕は安価な労働力を安直に移民に求めることに反対なんです。

企業経営の視点から見ると、人が減っていく、足りないっていうのは、経営の質を上げていくためのまたとないチャンス、ぜひ前向きに捉えていただきたいと思います。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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