一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

まず、世の中の現象というのは『トレンド』と『サイクル』を分けて考えた方がいいという話から始めます。変化の方向性が長期的に固定しているのが『トレンド』、方向自体が時間と共に変わっていくものが『サイクル』です。

たとえば、昔ドルが360円という固定相場制があって、ニクソン・ショックで変動相場制に入り、その後しばらくは円高が続きました。当時の日本の経済力が、戦争が終わって復興してしばらく上がっていくのは間違いないので、ドルが360円だったことに対して円が高くなっていくというのは、かなり長期にわたってひとつの方向性を持っている変化です。これが『トレンド』です。

一方の『サイクル』ですが、僕は洋服の商売の手伝いが多いこともあって、ファッションの動向に関心を持っています。たぶんいまの女性服は、この20年ぐらいでは一番ルーズフィットになっていると思います。それまではかなりタイトでした。でも、そのうちまたタイトの方向に戻ると思います。こういうのは『トレンド』ではなく、『サイクル』です。女性の眉の太さとかも、『サイクル』。「あの頃の石原真理子の眉、太かったな」みたいな。

なぜ、ふたつを分けて考えるのが大切かというと、『トレンド』か『サイクル』かで、対応策というか構えが相当異なるからなんです。

ファッションだと、カジュアル化というのは『トレンド』なんです。もう、この100年ぐらい方向性が変わっていない『トレンド』。だから、ネクタイもしなくなるし、男性が外出する時に帽子をかぶらなくなって久しいですよね。磯野波平さんは、会社に行く時はかならず帽子をかぶっていました。あれ、昭和の戦後すぐの話ですけど。たぶん50年先もカジュアル化というのは変わらない『トレンド』だと思います。

この区別でいくと、人口というのは、それこそ『メガトレンド』です。減少していくことは間違いのない長期的な『トレンド』であり、さまざまな問題を生み出します。だから、少子化対策が必要で、人口を増やさなければというふうに言われているんですが、わかっていてもそう簡単に対応できないのが『トレンド』なんです。

何で人口が減るのかというと、結局は晩婚・非婚というのがここ100年の『トレンド』なわけで、いまさら大変だと言って手を付けたところですぐに解決するのは相当難しい。

たとえば、IBJという東証一部上場の婚活サービスの会社があります。いま、婚活はさまざまな企業がスマホなどやインターネットを使ったマッチングサービスで熾烈な競争を繰り広げていますが、石坂さんという経営者は「出会うこと」と「結婚」は異なるという考えをお持ちで、結婚まで持っていくことにフォーカスした独自の戦略で成長しています。成婚までいく人の割合が高いのがIBJのサービスの価値になっています。

石坂さんがこだわってる数字が、完結出生児数※。いまの日本は、最新で1.94(2015年)人です。つまり、いまの日本でも結婚すればまあまあ2人は子どもを産むんですね。なんで子どもが減るのかといえば、理由は晩婚か非婚かなんです。だから、石坂さんは、婚活というのはすごく重要な社会的にも価値のあるサービスで、それは少子化対策にもなり得るという骨太のお考えを持って経営をしておられます。

※結婚持続期間(結婚からの経過期間)15~19年夫婦の平均出生子ども数であり、夫婦の最終的な平均出生子ども数とみなされる。

ただ、そもそもの人間の本性を考えると、結婚するって不自然なんじゃない?という考え方もあるわけです。制度的に1人の人間とずっといることは、終身雇用というのがちょっと人間の本性からそれている面があったように、それぞれ経済的に自立できれば、結婚も必要性がなければすぐにしなくてもいいんじゃない?と言う人が出てくるのはいたって自然な成り行きです。

かつての日本の状況を考えると、さまざまな制約があり、女性は結婚しないことには生きていきにくかった。余儀なく結婚しているという人もいたわけで、経済的にも社会的にも、そういう文化的な制約がなければ結婚しないというオプションを取る人が多いのは当たり前です。だからこそ、『トレンド』になっている。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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