一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

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僕が、組織とチームを考える上ですごく面白いなと思っている事例が、歴史的に見たときの戦争の部隊編成の変化です。

昔の戦争は、大規模な戦力を準備して陣形を事前に整え、互いに対峙する「会戦」という方式をとっていました。会戦というのは、横に広がるんです。縦隊ではなく横隊編成。横に広がった会戦というのは、実際のところ指揮をするのがすごく難しいんです。だから、まさに組織力、組織全体の構造なり戦い方を決定する総大将、織田信長とか、フリードリヒ大王とか、そういう全体の総覧者の力量が決定的に重要だった。横隊編成の会戦は組織力、組織構造の優劣が勝敗を大いに左右していました。

ところが近代戦というのは、小規模の縦隊でそれぞれが一定の自由度をもって動いていく戦い方です。ベトナム戦争の悲劇を鮮烈に描いた映画に『プラトーン』があります。プラトーンというのは小隊のことです。ようするに、横隊陣形の会戦から小隊編成の縦隊へという変化は、昔は組織力の勝負だったものが、どんどんチーム力、小隊というチームの力にシフトしていく過程として見ることができるのです。

※『プラトーン』:1986年公開のアメリカ映画。監督・脚本はオリバーストーン。第59回アカデミー賞作品賞、第44回ゴールデングローブ賞ドラマ作品賞受賞。

ここで興味深い問いは、なぜ昔はわざわざ指揮や運用が難しい横隊編成をとっていたのかということです。これを考察したのが旧日本陸軍軍人の石原莞爾です。彼は『戦争史大観』で実に面白い結論を導いています。

トランシーバーがないとか、GPSが使えないとか、当時の情報通信技術の限界もあったのでしょうが、横隊陣形をとっていた最大の理由は、戦力の大部分が傭兵(ようへい)だったからです。つまり、現場で戦っているのは金で雇われているプロの戦争屋の人たちだったのです。会戦というのは、せーのでチャンチャンバラバラやるんですけど、あまり死なないんです、実際のところは。お互い「業務」でやってるんで、ま、この辺かな、みたいな落としどころがある。何より当の王様にとって傭兵っていうのはそう簡単に死んでもらっては困るんです。用兵は調達するのにいちばん高くつく資源だったのです。

なぜ傭兵だと横隊編成が必要になるのか。理由は単純で、王様が全隊をモニターしてないと、連中が本気で仕事をしないからです。場合によっては戦わずに逃げてしまう。だから指揮官が全隊を見渡せる横隊による会戦という形式をとっていたわけです。

世界で初めて小規模な縦列編成で戦争をしたのは、ナポレオンです。なぜ縦隊を編成したのか。それはナポレオンの軍隊というのは「国民軍」だったからです。戦うのは「志願兵」。ナポレオンのコンセプトを意気に感じて、それに呼応して集まった志願兵によって作られた国軍だった。大義のため戦っている。自然と真剣にやるし、逃げないんです。

そうすると、モニターする必要がなくなるので、指揮をするのが難しい横隊ではなくて、小規模な縦隊を組むことができます。戦争で、初めて「チーム」ができました。圧倒的に強い。疾風怒濤の進撃で、連戦連勝です。迎え撃つ敵の王様は横に広がって待ち受けていたのですが、もうむちゃくちゃにやられました。ようするに、競争力が組織力のレベルからチーム力へと移っていったという話です。

ビジネスと戦争を同列には語れませんが、今の時代はますます優れたチームが必要になってきています。フォーマルな組織構造上のリーダーができることは限られています。チームに権限が委譲され、チームが自律的に動いて成果を出す。現場で仕事を動かすチームの力、とりわけチームリーダーの力がパフォーマンスを大きく左右する。チーム力が改めてモノをいう時代になっているということです。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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