一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

はじめにお断りをしておきますが、チーム力ということを考える上で、話をしてる僕には強いバイアス(偏り)がかかっています。以前にもお話をしましたが、僕は組織の中で働くとか、チームワークとかがどうにも苦手なんです。

なるべく一人で、周りに迷惑をかけることなく仕事ができる。上司も部下もいない。自分一人で自由に好きなように働ける。そういう職業って何だろうと若いときに考えまして、大学で研究するというのは一人でできそうだなという直観で今の職業を選択して現在に至るわけです。そもそも個人としては、組織力とか、組織の中のチーム力とはなるべくかかわりを持たずに済むように、と思って今までやってきました。

ですから「チーム力」を語る資格が僕にはないんですけど、ただ、裏を返すと、組織やチームに向いてない僕でもそこに参加したいと思えるようなチーム、これが最高にチーム力があるいうことになるという気もします。そういう前提で話を始めます。

最初に確認しておきたいのは、組織とチームの違いと両者の位置関係です。組織の中のチーム力というタイトルにあるとおり、チームは組織の部分集合です。組織というのは、ある構造を持って安定的に存在する人間の集団、ある種のシステムのことを意味しています。組織という構造というか器の中に、チームという実際に仕事を動かしている「現場」がいくつも含まれている。

組織には特定少数の設計者がいます。その人たちがどのような分業の体系を構築するのかとか、どのようなリワード(報酬)システムを組むのかとか、どれぐらいの権限の階層へと垂直的に分化させるのかとか、そこにどういう運用ルールを埋め込むのかを考える。つまり、システムの設計者がいて、その結果出てきたある安定的な構造のことを組織と言っているわけです。

例えば、日立でいうと、日立の中の情報・通信システム事業体とかそういう単位で、組織力があるとかないとか、この組織の特徴はフラットだとか官僚的だとか、その手の話が出てきます。これは組織というシステムの特徴を問題にしています。

一方のチームというのは何か。「お互いの相互依存関係を理解し合える範囲に収まる人間の集団」、これがチームの定義です。つまり、組織よりもはるかに規模が小さい。100人規模だと、それはもはや「チーム」ではない。相互の依存関係をメンバーが認識できませんから。

上から設計されていく、マネジメントによって合目的的に組み立てられるシステムの優劣が組織力であるのに対して、現場の相互作用の中から湧き上がってくるものがチーム力です。ということは、1つの組織の中には優れたチームもあれば、どうもうまくいかないチームもある。組織というシステムとして優れていても、中には最悪のチームも出てくるし、組織としてはぱっとしなくても、その中に最高のチーム力を発揮するチームもありうる。

組織の力とチームの力の掛け算でパフォーマンスは決まります。私見では、全体としてのパフォーマンスを規定するものが、かつては組織の方にあったのに、今はどんどんチームの方になっていると思います。いずれにせよ、両方の掛け算なんですけど、昔よりもチームの力がより業績を左右するようになっているのが、僕は大きなトレンドだと思います。

組織の力よりも、チームの力の方が重要な時代。パフォーマンスが、チームの良し悪しで決まるようになっている。これにはいろいろな要因があると思いますが、ここでは3つの理由を指摘しておきます。

1つめは情報技術の発達です。昔だと、よいレポーティングライン(指揮命令や情報共有の経路)をきちんと組んでいるような、組織構造に優れた組織じゃないと実現できなかったものが、今ではERPなどの情報システムのおかげで、ある程度まで効率的な仕組みが容易に手に入れられます。組織構造上の妙味みたいなもので差がつかなくなってきている。その分チームの強さが業績を左右するという成り行きです。

2つめは、仕事の中身の変化です。昔の単純な製造業などでは、ある組織構造を与えると、その良し悪しがもろに結果に出たのに対して、今のように知識集約型産業が増えてくると、もうそこでは勝負がつかなくて、現場の人びとのチーム力の優劣がものを言うようになります。

3つめは、世の中の変化のスピードが増しているということ。構造というのは定義からして安定的なものですから、そう簡単にころころとは変わりません。一方のチームでは、状況に合わせて機動的、柔軟に動き方を変えることができる。変化が激しくなるほど、構造の力よりもチームから湧き出る力が重要になってきます。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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