一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

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僕が読書をするようになったのには個人的な事情があります。

僕は、小学校4年生まで、南アフリカで育ちました。当時は、テレビのない国だったんです。子どもで、余暇に何をするかっていうと、僕の世代だとテレビっていうのが強力だったと思うんですけど、僕の場合それがなかったので自然と読書をするようになったんですね。

僕にとって読書は、幼稚園か小学校低学年の頃から、家へ帰ったらテレビを見るのと同じような感じでした。家では日本語を話していますし、日本語の本が読みたいんですけど、南アフリカなので日本の本は売っていない。だから船便で、日本にいた祖父母から送ってもらったり、通っていた日本人学校に小さな図書室みたいのがあって、そこにある本を読むんですけど、すぐに全部読んじゃう。読む本がなくなると、前に読んだ本をもう1回読む。でもすぐ飽きちゃうんで、最後は自分で物語を創っていました。

市場で調達できないんで、内製していたんですね。ただ、しょせん子どものやることなんで、できる話もそんなに面白くないし、文字にして書くのはすごく時間がかかるんで、途中からもうそのプロセスをすっ飛ばして、脳内でお話を創って脳内で読むっていうことをやっていました。

お話のアウトラインだけ手帳、ノートに書いて、あとはお話を創っては読むと。シンガーソングライターならぬ脳内リーダーストーリーライターの時代がありました。その辺ちょっと環境が特異だったんですが、読書はほんとうに好きでした。そのスタイルができてしまっていたので、日本に帰ってきてテレビはもちろん見れるようになったんですが、あまりテレビを見ることなく引き続き読書中心の余暇生活が続きました。家に帰ってくると、何かと本を読む。いまでも、今日家に帰ったらこれが読めるぞって楽しみになる本が常にあります。ちなみに今日は、帰ったら『鶯谷』っていう本を読もうと思ってるんですけど。
*[東京最後の異界 鶯谷] 本橋信宏

経営者の方たちも、僕の印象だと優秀な経営者からは決まって「ああ、やっぱりこの人はすごく本を読んでいるな」という印象を受けます。今お仕事を手伝っているファーストリテイリングの柳井正さんも、ものすごい読書家です。雑談でも、だいたい「最近こういう本を読んだけど」っていう話題が多い。で、それがいわゆるビジネス書の棚にある本ではない。
*株式会社ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長

例えば経営者に、「なんでこんなこと考えたんですか?」「なんでこういうアイデアが出てきたんですか?」といった質問をすると、「いや、この前、明治維新の歴史を読んでて改めて気づいたんだけど……」みたいなことも多いですね。それは、本から得られたある知識がその人の思考や行動に影響してるっていうことです。空間も時間も超えて、有用な、本質的なものを本から得ているということですね。

古典的な本とか、歴史についての本とか、やっぱりそういうのを単に本として読むだけじゃなくて、それと対話して、自分の仕事に引きつけていく。

ようするに本の選択が大切です。一番単純なのは、その判断を歴史の蓄積に委ねること。昔から現代までずっと残っている古典っていうのは絶対にいい本に決まっています。

新刊書については、これは自分にとって本質的な本、価値のある本だなっていうのを見分けるセンスが重要です。僕は、それは、書評に求めてるんです。新聞とか雑誌とかの書評もそうですし、人にも「最近どんな本読んだ?」って聞くようにしています。いい本を知る上で、こういう雑談はすごくいいと思っています。人に「こういう本読んだんだけどさー」って話したくなるってことは、相当面白かったっていうことなんで。これが一番役に立っています。

一番役に立たないのが、ECサイトとかの匿名の有象無象のブックレビュー。プロの書評とはまったく違った次元にあるものです。星がいくつとかいうのは僕は気にしません。自分の本についた罵詈雑言的なコメントも、匿名のものは気にしませんね。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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