一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

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なぜ、経営者にとって読書が重要かというと、第一に本というコンテンツの量が他のソースと比べて桁違いに充実しているってことですね。

もちろんそれはどういう本を読むかによるんですけど、本ってものすごくいっぱい出ていて、しかも腐るものではないので、ずーっと蓄積されているわけですよね。そうすると、大きく世の中が変わっても、昔から読み継がれている古典だけでも、一生かけても読み切れないくらいあるわけです。

自分の関心とか好みで捨象しても、取捨選択しても、相当量の読むべき本っていうのがあるっていうのが、素晴らしいことです。量だけでなく、前回話したように、質的にも読書は優れている。時間とか空間を超えて人と会うこと、会って話をすることができるわけですから。

もし、今「会いたい人に会わせてあげるよ」って言われたら、僕が絶対に会いたいのが、ビジネスでは本田宗一郎さん。政治家では田中角栄さんです。現世ではもう会うことはできませんが、幸いにして、いっぱい本が出ていて、その中には自伝も含めて優れた本があります。本で対話ができる。

で、ポイントはしつこいんですけど、中古で買えばコンビニのおむすび一個よりも安い。しかもスケジュール調整一切必要なしっていうこと。こんないいことあるのかと。

経営っていうのは知的な活動です。最終的にはその人の知力がものをいうわけです。新聞とかスマホとかで入ってくる断片的な「情報」も有用ですが、「知識」となると読書にはかなわない。ただし、さらに上にある読書のほんとうの価値は教養の形成にあります。

ビジネスパーソンとか経営者にとって、ビジネスの技法とか動向などの最新情報の獲得であれば、別にスマホでもいいと思うし、むしろスマホで電車の中とか通勤の時に読むほうが、効率がいいとすら思うんです、本を読むより。

ただ、教養っていうのは、今話題のビジネス書とかそういうのではなくて、もっと普遍的なものです。元々の意味合いはリベラルアーツ、「自由の技法」っていうことですね。自由のアート。

自由っていうのは、どういうことかって言うと、価値基準を自分で持っているということです。自由じゃない状態っていうのは「奴隷の状態」、人に与えられた価値基準に従っているってことですね。つまり、教養っていうのは、自分なりの価値基準を自律的に獲得するっていうことです。

例えば比喩じゃないほんとうの奴隷、例えばローマ帝国の奴隷なんて、今の奴隷っていう言葉から受けるイメージと比較すると、ものすごい自由なんですよ。休む暇もなく働かされているとかそういうことでは全然なくて、ちゃんと家族がいて、ちゃんと給料をもらっている。ただ、価値基準を自分で持つことができないわけです。ご主人様が「いい」と言ったことが、すべて。

ですから、個人の自由という近代の概念のドライバーになっているのが教養で、それは価値基準を持つということです。僕は、本の最大の価値というのは、そういう意味での教養の形成だと思っています。

それを獲得するためには、やっぱりいい本を選んで、その著者と対話をするように、もしくは小説であれば、自分がその世界に入り込むように読むということです。自分にとって面白い本じゃないと、そういうことができない。自分でとにかく面白いと思える本を読むに限ります。

なぜ価値基準を持つことが大切かっていうと、ビジネスは判断とか意思決定の連続だからです。その時にかならず何かの基準を持って、AとBがあって、Aを選ぶっていうことになるわけです。その基準を自分の中に持っていない、知的・精神的に奴隷の人は、極論すると意思決定ができないんです。誰かにお伺いを立てるとか、法律で「これはコンプライアンス違反なんで、こうしなければいけません」とか、何かそういうことでしかアクションが取れなくなる。これは、極論すれば奴隷の状態なわけです。それはものすごく生きづらいことだし、実際のビジネスにとっても非常によろしくないことです。

優れた経営者は意思決定がブレないとか、意思決定が速いとか言いますが、それは自分の中に確たる価値基準があるからです。

意思決定が遅いとか、なかなか意思決定ができないっていうのは、なんかその意思決定がすごい複雑な問題だとか、情報が足りないとかいうことが理由ではなくて、そもそも自分自身が拠って立つ価値基準がないからです。でき合いの価値基準をどこかに探しにいってるんで、それに時間がかかる。しかも自信を持って決断できない。

経営者が、おのずと読書を求めて、そこから教養を得ようとするのは、彼らの仕事からして非常に自然なことだと思うんですよね。自分の価値基準を持つためにも、僕は経営と読書は切っても切り離せないと思っています。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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