一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

僕が尊敬してる人に出口治明さんがいます。出口さんは知的な成長のために必要なインプットは、「本」と「旅」と「人」であると言い切っています。全くその通りだと思うんですが、僕はとにかく非活動的なほうですので、旅行はそれほど好きではありません。やたらと動いたりするのがイヤなんですね、これが。「旅」が、知的な活動にとって重要なインプットだっていうのは頭ではわかるんですけど、体がなかなかついていかない。
※出口治明:ライフネット生命保険株式会社創業者。現立命館アジア太平洋大学学長

例えば、仕事で出張に行きます。最近だとどこへ行ったかな…ムンバイとシリコンバレーですね。ムンバイはほかのインドの都市とは全然違った環境で、今新しいことがいろいろと起きている場所です。仕事の空き時間にでもいろいろなところに出かけてみると重要なインプットが得られるとわかっているのですが、いったんホテルに入ってしまうともう出ない。なんか人がいっぱいいるし、道もわからない。シリコンバレーは何回か行ったことがあるし、ま、どこに行ってもひたすら「キャリフォーニア」な光景と文化が全面的に展開しているわけで、仕事以外は冷房が効きまくったホテルにいる。僕は知らない街に行くと、まず近所のスーパーに行くんですね。飲み物とかスナック菓子とかを買ってきて、まずホテルにずっと引きこもれる態勢を確保。で、ひたすら本を読んでいます。「別に家でも読めるじゃん」って、その通りなんですけど。

あと、「人」との対話。これもものすごい価値があって、意味があると思うんですけど、僕はそんなに社交的な方ではないですし、プライベートで付き合う友達も多くありません。

だから僕の場合、出口さんと違って「旅」と「人」っていうチャネルが細いので、その分、本というものをありがたく思っています。

読書の壮絶無比な美点、それは圧倒的なコストの安さです。著者が相当真剣に考えたことや経験したこと、そのエッセンスがつまっているものが、中古なら108円。アマゾンだと1円+送料。これは素晴らしいなと。

慣れの問題だと思うんですが、電子書籍を僕はあまり使っていません。それに紙の中古本と比べて高いんですよね、電子書籍って。今世界で取引されてるありとあらゆる財の中で、コストパフォーマンスが一番高いのは間違いなく本だと思います。

今はスマホの記事とか新聞を読むなど、いろいろなインプットの手段があります。そういうところでいわゆる「情報」は手に入りますし、この20年で「情報」の流通量は増大し、「情報」を獲得するコストは飛躍的に下がったと思うんですけど、結局インターネットとかで手に入れられるもののほとんどは、「情報」なんです。

今日の円ドルレートとか、トランプがこういうことをツイートしたとか、そういう断片的なものが「情報」です。

でもこれは、「知識」とはちょっと違うと思うんです。知識っていうのは、情報が絡み合って構成されているシステムであり総体です。読書の良さというのは、量的にも質的にも構造的にも、あるまとまりをもった知識を吸収できるということ。これは読書というインプット形式のもつ圧倒的優位だと思います。

本と比べて、「人」の良いところ、「旅」もそうかもしれませんが、インタラクティブだということだと思います。インタラクティブであることはものすごく重要なのですが、いい本であればあるほど、また読み手として成熟すればするほど、本の世界でも著者との対話ができます。「人」と会う、「人」と対話をするといったことをある程度は本でも取り込むことができます。しかも、「人」や「旅」のように予定を立てる必要がない。電子書籍でなければ充電とかも要らないですし、Wi-Fiが入らなくても関係ない。読みたい時に読みたいものを読みたいだけ読むことができます。

ほんとうに本っていうのはよくできたメディアで、知的なインプットのチャネルとしては桁外れによくできている。本を読むのが苦手という人がいるのですが、なんでこんなにイイことをしないのかなと不思議に思います。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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