株式会社 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット サービスプラットフォーム事業本部 シニアテクノロジーエバンジェリスト 中村輝雄
AI(人工知能)やIoTといったデジタル技術の進展により、ビジネスに破壊的な変化が起き始めている。ITを武器とした異業種の参入で、ビジネス領域に“壁”はなくなり、日本企業でもイノベーションへの取り組みが急務の課題となっているのだ。こうしたなか、自ら開発したAIと多様な業種の企業との協創を通じ、社会の課題解決に生かす取り組みを進めているのが日立だ。デジタル変革を成功に導くポイントを、日立の中村輝雄氏に聞いた。

破壊的ビジネスプレイヤーが続々と台頭

今、世界中の経営者が最も脅威に感じているのは、これまで業界のライバルではなかった異業種が突然、ITを活用した破壊的なビジネスモデルを掲げて参入してくることです。

例えば米国ニューヨークのイエローキャブ(タクシー)は、ウーバーの登場によって乗客の半分以上を奪われ、窮地に陥っています。これは別のタクシー会社との競争に敗れたわけではなく、ITという武器を持った異業種参入で起こった事態です。

2017年には音楽のストリーミング配信がCDやレコードの売り上げを上回りました。また動画配信サービスの台頭で、米国ではテレビ業界の再編も急速に進んでいます。

これらの状況から理解できるのは、ITとデータの重要性です。ITとデータが未来を変えるほどの破壊的なサービスを創造し、既存の業種の壁を易々と乗り越えて、世界的なイノベーションを起こしていることを、私たちはまず認識しなければなりません。

こうした状況を踏まえ、日本でもITやデータを使ってビジネスのやり方を変え、今まで気付かなかった解決策を見つけたり、革新的なサービスを生み出していく「デジタル・トランスフォーメーション」への挑戦が始まりつつあります。

実際に日本企業のIT予算は年々、これまでの業務効率化やコスト削減に代表される「守りのIT投資」から、環境変化への迅速な対応、ビジネスモデルの変革、顧客行動や市場の分析強化といった「攻めのIT投資」へとシフトしています。様々な異業種がITを武器に参入してくる以上、それに対抗するにはITでイノベーションを興し、競争力を継続的に強化していくしかありません。日本の経営層も、その潮流をしっかり見極め始めているのです。

革新的ビジネスの創出には「協創」が不可欠

ただし、新たなイノベーションを創出していくのは決して容易なことではありません。時代が大きく変革する中では、自社がかかわる狭い世界(業界)だけでなく、メガトレンドや他業種でどのような動きがあるのか、新たなテクノロジーとして何が生まれているのかを常にキャッチアップし、市場やお客さまニーズを再度フラットに捉え直す異業種視点・IT視点での経営・ビジネスモデルが強く求められているからです。

ビジネス革新に向けた斬新なアイデアの抽出から、先進的なITを活用したPoC※1(コンセプト検証)や技術検証、その継続的な改善までを、すべて自社だけでやり抜くことは現実的には困難です。多くの日本企業では、特にIT人財が不足しており、デジタルビジネスに不可欠なアジャイル開発やリーンスタートアップの手法を習得している技術者も限られています。

そこで重要なキーワードとなるのが「協創」です。これは自社だけでなくパートナーとなる企業のリソース(アイデア、技術、ノウハウ、人財など)も活用し、相互に密接な協力関係を築き上げながら、新しい価値を持つ商品やサービスを、いち早く効率的に創りあげていくことを指します。

ここで、お客さまと課題やビジョンを共有し、アイデアや技術を持ち寄り、試行錯誤を重ねながら生み出していったイノベーションの協創事例を2つほどご紹介します。

1つは東急電鉄です。東急電鉄は「選ばれる沿線」であり続けるための新たなる施策に挑戦し続け、利用者が駅の混雑状況をスマートフォンなどで確認できるサービスを検討されていました。日立はそのビジョンをIT面からサポートし、既設の駅構内カメラを利用して、個人を特定できないセキュアな表示方法で駅の混雑情報を配信するサービス「駅視-vision※2」を協創。乗車の見合わせなどを事前に判断できる付加価値の高いサービスとして東急電鉄のブランド価値向上に大きく貢献しました。同アプリは既に50万ダウンロードを達成しています。

もう1つは東京ヤクルトスワローズとの協創です。ヤクルトスワローズは従来、Webと施設・店舗で異なったプロモーションを実施していたため、グッズの売り上げが伸び悩んだり、ロイヤルカスタマーへの適切な優遇施策が打てない課題をお持ちでした。そこで日立は顧客接点ごとに蓄積されていた情報を一元的に分析し、PDCAで施策改善できるサービスを協創。統一的なマーケティングの実施で前年比130%のチケット売り上げを実現しました。このシステムは他球団でも採用され、サッカーチームや演劇など他業種にもサービス提供が始まっています。

※1 PoC:Proof of Concept
※2 「駅視-vision」は東京急行電鉄株式会社の日本における登録商標です。

積極的なAI活用でイノベーションを加速

こうした新たなイノベーションを創出していくためには、IT視点でもクラウドやAI、IoTといった、様々な技術要素が必要となります。例えば、膨大なデータの中から業務改善のヒントや隠れたトレンドの兆しを発見できるAIも、1つの技術ですべての用途をカバーできるわけではありません。そこで日立は、お客さまの課題解決や価値創出の源泉としてのAI活用を支援するため、カバレッジの広いAI開発を進めています。

代表的なAIとしては、膨大なデータの相関関係の中からKPIに影響を与える要因を発見する「予測・判断支援」、効率のよい手順を発見し、生産性向上に向けた計画立案を実現する「計画立案・最適化」などがあります。これらのAIは、流通業の新たなマーケティング施策や、製造業における生産計画の立案、熟練者のノウハウ継承などで多くの成果を生み出し、お客さまのイノベーションの創出に貢献しています。

さらに、将来の自動運転などで考慮される利用者や社会の信頼を醸成するアカウンタビリティ(説明責任)を見据えたAIの研究開発、ベストプラクティスを生み出すためのグローバルレベルでのAI活用、パートナーとのエコシステムやプラットフォームの構築なども積極的に展開しており、様々なビジネス領域でのイノベーション創出を加速しています。

人間の仕事をシステムで置き換えていくAIの進化がある一方で、付加価値の高い接客業務や、予測していない事態への対処、新しいものを創造していく仕事などは、むしろ人しか行えない業務分野として、今後さらに重要度を増していくものと予想されます。

日立はこれからも、人間の能力を代替するAIではなく、人の作業支援や意思決定をサポートし、人と協調するAIを開発しながら、お客さまのデジタル・トランスフォーメーションを成功に導く、異業種視点・AI視点での「協創」を推進していきます。

中村 輝雄
株式会社 日立製作所
サービス&プラットフォームビジネスユニット
サービスプラットフォーム事業本部
シニアテクノロジーエバンジェリスト

※所属・役職等はすべて取材日時点のものです。

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