一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

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生産性の分母、インプット(投入資源)の話をしてきましたが、本丸は、なんといっても分子にあります。つまり、アウトプット(生み出された成果)です。働き方改革は、ようするに一人ひとりがもっと儲けにつながる成果を出しましょうっていうことです。ここになると、いよいよ政府とか一般的な制度設計や制度変更の力の及ばない、優れた個別企業の問題になる。経営者はもっと儲かる筋を、きちんと戦略のストーリーを描かなければなりません。

ようするに、働き方改革の本丸は稼ぎ方改革ということです。長期利益を獲得するための戦略はものすごく多様で、個別の産業でも違う、会社によっても違う、事業でも違う。稼ぐための個人の仕事も同じく多様です。ホワイトカラーエグゼンプション(労働時間等規制の適用除外制度)とかの議論では、コンサルタントとかの水平的な職業カテゴリーであったり、ある役職以上はといった垂直カテゴリーであったりするわけですが、そもそも同じ職種の同じ階層にいても人によって成果が出る働き方って違うと思うんです。

「こういう職種は裁量労働制の対象にする」とか「この役職以上は」じゃなくて、個別の企業が決めればいい。もっと言えば働いている一人ひとりが「俺は裁量労働制でやらせて欲しい」とか、「いや、私は勘弁して」というように決めればいい。良し悪しの基準では割り切れない問題が、分子であるアウトプット(生み出された成果)には多いんです。

僕がいちばんいいと思うのは、まず個人に「自分はこういう働き方が好きで、こういう働き方は苦手なので、好きな方向の働き方でやらせてくれたら、これだけの成果が出せる」という提案をしてもらう。ただし成果が出ることが絶対条件。上司はいまより相当の負荷がかかっても、一人ひとりの成果をきちんと見て評価できるようにする。そして成果と評価をオープンにする。一人ひとりの成果をきちんと把握することができるようになったら、今度は本当に「求められる成果を出すために、あなたの好きなやり方で働いてください」。これが理想だと思うんです。

働き方改革の文脈で良く出てくる多様性、ダイバーシティですが、僕は議論の前提が間違っていると思います。ダイバーシティっていうのは、いまが一様であるというのが前提になっていて、だからそこに多様性をぶち込まなければいけないという話。その多様性とは、女性であり、女性の管理職の比率であり、外国人であり、性的指向性であると。多様性と言いながら、デモグラフィック(人口統計学的)な属性の話で、本丸の議論ではないと思います。

いまが一様であるという前提が間違っていて、どんな会社でも、いまここに、すでに豊かな多様性、ダイバーシティがあるんです。いま、この瞬間に。それは何かっていうと、一人ひとりの好き嫌いなんです。それをいかにインクルージョン、包摂できるかが働き方改革の肝だと思います。

そのためには、一人ひとりがまず自分の好き嫌いを表明しなければなりません。それは良し悪しではない。人がどう思うかにかかわらず、自分の、個人としての好き嫌いや得手不得手を率直に表明することが出発点です。

たとえば、「時間に縛られるのが大嫌いで、できれば家から一歩も出ないで好きな時に集中して仕事がしたい」という人がいて、そのほうが成果を達成できるのなら、そうしてもらう。僕の言っている好き嫌いのインクルージョンというのはそういうことです。

「ビシビシ管理されて、決められた通りやる方が好き。進捗も管理されてないと、なんかリズムが出てこないんで」という人もいるかもしれないし、「とにかく会議とか出たくない」とか、「これ絶対自分ひとりで達成するから。誰もかまわないで」とか、これは十人十色だと思うんです。そういうレベルで、腹から出る自分の好き嫌い。

まずは双方納得の上で成果目標を立てる。それを絶対条件として、個人の好き嫌いを表明してもらう。で、「なるほど。じゃ、それでやってみよう」と。ただし「成果が出なかったら、また話し合おうよ」っていう話しです。成果が出ない場合、人間の好き嫌いは変えられないので、「あなたの好きが生きる仕事は何かな」っていうふうに上司が改めて考えるというのがあるべき姿だと思います。

その人の好き嫌いにバッチリはまれば、会社としても稼ぐ力になる。成果を出してくれるんで、悪いことじゃ全然ないんです。いかにそれを活かしていくのか、包摂していくのかっていうのが大切だと僕は思うんです。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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