一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏

まず確認しておきます。「働き方改革」は手段であって、目的ではありません。何かの目的のために働き方を改革しようっていうことです。これをはっきりさせないと働き方改革ごっこになっちゃうし、いろいろ頓珍漢なことが起きる。

ことビジネスというか商売については、僕は物事をなるべく単純に考えた方がいいと思っています。働き方改革は、手段に過ぎません。そして、その目的は、ビジネスに限って言えば、「儲ける」ということです。家庭生活や趣味生活は違いますが、会社に行って仕事が始まったら、余計なことは考えず単純にどうやったらもっと儲かるのかを全員で考えていればいいということです。

ただ、この「儲ける」には厳しい条件がついてます。それは「長期的に持続する利益」でなければならないということです。刹那的に儲けるのは簡単です。儲けが持続する状態をどうやってつくるのか。そこに経営の本質的課題があります。

企業が達成すべき「成果」には長期利益以外にもさまざまな要素があります。従業員というステークホルダーにとっては、従業員の満足はもちろん重要な成果です。働き方改革で言えば、ペイン(痛み)が少ない仕事環境をつくることも大切でしょう。当然株主というステークホルダーに対しての利益貢献もしなければなりませんし、もちろん顧客もまた重要なステークホルダーです。ただし、こういうのはそれぞれ別個に存在するのではなく、全部絡んでいるんです。よく「会社は誰のものか」っていう寝言を言っている人がいますが、何十年議論をしても答えが出ないのは問いが間違っているからです。相互に密接につながっているものを切り離して横に並べて「どれが一番大切か?」。これは問として筋が悪い。

会社として達成すべきさまざまな成果の絡み合いを一歩引いて見ますと、いちばん多くのものと絡んでいる真ん中にあるのが、長期の利益なんです。それが雇用をつくり、給料を払って社員を守ることになる。「貧すれば鈍す」なんです。会社法という法律には外形的な規定が書いてありますが、あれにしてもひとことで言うと「背に腹は代えられない」という論理でできている。

会社っていうのは儲かっていないとどうしようもない。逆に儲けていればいろいろな「良いこと」が同時に起こる。やる気のある従業員がいっぱいいれば儲かる源泉になり、儲かっていれば株価も上がり、配当もできます。顧客満足や顧客価値にしても、競争の中で長期的に利益が出ていることが顧客満足の指標なんです。全然儲かってないのにお客が満足してるっていうのは、嘘だと思うんです。

企業は社会の公器といいます。それはまったくその通りなんですが、企業にとっての最大の社会貢献は納税なんで、バンバン稼いで法人所得税をバンバン払う。これが最大の社会貢献で、あとは全部おまけです。直接的に社会貢献をしたければ、NPOになった方がいい。

儲けることは、すべてを解決するっていう面があるわけですが、それは長期的利益が目的の場合です。短期的利益を目的にした場合には、ステークホルダーを泣かせて儲けるということができる。ブラック企業みたいな、従業員を泣かせて儲けるということが起こります。

ただ、そういう企業は、市場の中で長くはもたないです。いまの競争下では持続できない。
世の中はまあまあうまくできている。まあまあうまくできていないと資本主義とか市場経済はこんなに長くは続いていないんで。

とりあえずまとめますと、働き方改革には長期的利益という目的があって、それ以外は関係ないっていうか、関係はあるんだけれども長期的利益が実現されていれば大体は達成できるので、余計なことを考えずに、あらゆるビジネスに関わる人はそれだけを考えていればいい。改めて「稼ぐ力」が問われているということです。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第2回:ベースは文明の進歩。」はこちら >