独自の経営戦略、ASV(Ajinomoto Group Shared Value)を推し進める味の素株式会社。現在、同社の経営企画を担当する佐々木達哉氏は、営業、商品開発、マーケティング、そして事業立ち上げと数々の現場を経験し、味の素が食を通じて世の中に価値を届ける様子を30年以上にわたってつぶさに見てきた。最終回では、佐々木氏の仕事にまつわるエピソードを通じて、一企業人の実感としての味の素の存在意義について伺った。

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「第2回:ベトナムに、栄養改善という社会価値を」はこちら>

ものを通じて社会との接点を持ちたい

――第3回では、佐々木さんのこれまでのご経歴を通して、ASVが生み出す価値を浮き彫りにしていきたいと思います。そもそも、なぜ味の素に入社なさったのですか。

佐々木
入社したのが1986年のことですから、ずいぶん前の話ですが・・・まず、就職活動を始めるにあたって思ったのは、「世の中の動きに一番近いところで働ける仕事に就きたい」ということでした。

――学生時代の専攻は何だったのですか。

佐々木
社会学部です。「環境経済論」のゼミに所属し、卒論のテーマは自然保護を持続的に進める仕組みについてでした。考え方としては、弊社のASVにちょっと近いものがあるかもしれません。

身近なものを通じて社会との接点を持ちたいと考え、食品業界を志望しました。希望どおり就職できたら、商品開発やマーケティングの仕事を担当できたらいいなあ、とその頃は思っていました。

急増する和歌山ナンバーから閃いたアイデア

――念願かなって食品業界に入られて、いかがでしたか。社会との接点を持つことはできたのでしょうか。

佐々木
できたと思います。それも、入社前に想像していたよりも太く、社会とつながることができた感触があります。

最初の仕事は営業でした。関東支店の水戸営業所配属となり、わたしが担当したのは茨城県の南東部、「鹿行(ろっこう)」と呼ばれるエリアです。今はサッカーの鹿島アントラーズの本拠地があって、東は太平洋に面し、南は千葉県に接しています。

そのエリアでスーパーマーケットなどを担当したのですが、ある日「“関西風の味の商品が欲しい”という声が急に売り場で聞かれるようになった」と、取引先の方から聞いたのです。確かに、言われてみると、和歌山ナンバーの車を道でよく見かけるようになった。でも、どうしてなんだろう?

よくよく調べてみたら、その頃、ある会社の生産戦略の変更により、社員のご家族が和歌山から鹿島に移ってきたのだと気づきました。そこで取引先の方に、「弊社の関西風のだしがとれる商品が売れるかもしれませんよ」と提案しました。

そしたら、売れたんです。なるほど、確かな根拠をもとにした提案であれば、こうやって売りに結び付くんだということを初めて経験できた。こういうやり方で提案すればいろいろなことができるんだと、楽しくなりました。

それからもどんどん店舗に提案をしました。例えば、担当エリアのある店舗の近くの工場でブラジル人がたくさん働いていることがわかった。そこで、本来は中華料理用の調味料である「Cook Do」を応用して、フェイジョアーダというブラジルの豆料理のレシピをつくって店頭で配布したところ、狙いどおり「Cook Do」がたくさん売れました。そうやって提案がうまく行くと、隣のスーパーでも採用してくれることもあるので、すごくやりがいがありました。

水戸営業所では、5年間働きました。食文化が持つローカル色の強さをまざまざと感じましたし、その面白さに目覚めた5年間でした。

健康食品という貢献の仕方

――水戸営業所のあと、現在に至るまではどんな経歴を歩まれたのですか。

佐々木
水戸営業所の次は、東京支店営業第一課で広域量販店向けの営業を3年間担当しました。そして1994年に事業部門の調味料部に移り、弊社の主力商品のひとつである「Cook Do」シリーズなどの商品開発と販売マーケティングを6年間経験しました。その後、首都圏の販売戦略担当を経て、健康・栄養関連の商品開発・マーケティングに10年以上携わり、2013年から現職の経営企画部長を務めています。社内ではかなり珍しい経歴だと思います。

――スタートは営業畑でしたが、商品開発のご経験も長いのですね。そのなかで特に達成感を得られたお仕事は何ですか。

佐々木
経営企画に来る直前まで担当していた、健康・栄養関連の仕事が印象に残っています。通信販売事業をゼロから立ち上げたのです。

――御社が、健康・栄養関連の食品を開発したのはなぜですか?

佐々木
弊社にはいくつかの研究所があり、さまざまなアミノ酸の可能性を日々探っています。アミノ酸の用途は食品に限ったものではなく、医薬品やサプリメントなど人々の健康に貢献できる可能性もたくさん持っています。

弊社には「健康基盤食品」と名づけられた商品があります。生理学的研究によってヒトが本来持っている「健康に生きる力」を引き出したいという願いが込められており、その代表的な商品が「グリナ」。グリシンというアミノ酸が睡眠の質を高める、つまり、より深い睡眠をもたらすという科学的知見を弊社の研究所が得たことで開発した商品です。それから、基礎代謝を上げるサプリメント「カプシEX」。これはわたしが担当した商品で、辛くない希少な唐辛子から抽出した、カプシノイドという成分が主成分です。

そのほか、最近では「アミノエール」という商品がご好評をいただいています。ロコモティブシンドロームといって、ご高齢になると“筋肉をつくる力”の衰えによる身体機能の低下などで、ちょっと転んだだけで骨折して寝たきりになってしまうというリスクがあります。対策としてよく言われるのが、食事でもっとお肉を摂りましょうということなのですが、ご高齢ですとなかなかそうもいきません。この「アミノエール」は、筋肉のもとになる必須アミノ酸と、からだが筋肉をつくり出すシグナルの働きをするロイシンというアミノ酸が主成分で、お肉をあまり召し上がれない方でも手軽に補給できるのです。


――御社の商品というと店頭販売のイメージが強いですが、なぜ健康基盤食品は通信販売なのですか。

佐々木
健康基盤食品はやはり機能の説明が必要ですから、店頭に並べておくだけではお客さまに商品の価値が伝わりにくいと考え、通信販売に特化することを決めました。電話などを通じてお客さまと接する機会も多く、いろいろと勉強させてもらいました。

それまでわたしがずっと携わってきた弊社の調味料商品は、お客さまにいろいろな料理の提案ができる商材です。健康基盤食品はお客さまにそのまま摂っていただくものですから、調味料とはある意味対極にあります。しかし、このような商品を通じた世の中への貢献の仕方もあるんだ、アミノ酸にはこんな可能性もあるんだということに改めて気づかされました。

“おいしい”には理由がある

――食品メーカーの大手として日本の食を支えてきた御社ですが、味の素という会社の強さはどんなところにあると思いますか。

佐々木
おいしさを提供できるだけでなく、「“おいしい”には理由がある」というところまで突き詰めていけるのが、他社にはない強さだと思います。

単純に原料を混ぜて商品をつくっているわけではないんです。例えば、インドネシアで販売している風味調味料「Masako(マサコ)」にはチキンエキスを使用していますが、エキスとして仕入れているのではなく、肉の状態で仕入れて自分たちでエキスを抽出しているのです。だから、工場に見学に来られた方は皆さん「大量の鶏肉がある!」とびっくりなさるんです。

調味料だけでなく、先ほど申し上げた健康基盤食品ですとか、医薬用の原料になるアミノ酸、動物の飼料に混ぜるアミノ酸もつくっていますが、根っこにある技術は共通。その技術を支えているのが、研究職の従業員です。味の素グループ全体で1,700人以上の研究開発要員がいます。食品会社では多いと思います。

弊社が磨いてきた技術について、「Cook Do」を例にご紹介します。わたしが調味料部に在籍して「Cook Do」シリーズの商品開発をしていた1998年は、シリーズ誕生からちょうど20周年という節目の時期でした。そして、「Cook Do」は今年、発売40周年を迎えます。ですから相当な思い入れがあるのです(笑)。

例えば、「Cook Do」シリーズが誕生した1978年から販売している、回鍋肉(ホイコーロー)用。実際に調理していただくとわかるのですが、キャベツは葉脈の部分がとてもツルンとしているので、調味料が残りにくいのです。つまり、味が付きにくい。ですが、「Cook Do」でつくるときちんと味付けできる。これを実現しているのは、弊社独自の配合のノウハウです。

それから、「Cook Do」から派生した「Cook Doきょうの大皿」シリーズ。

なかでも、豚バラ大根用は、フライパンで10分で調理できる商品ですが、普通は豚バラ大根を10分ではつくれません。大根に味が染みませんから。そこにも、わたしたちの技術が詰まっているのです。きちんとした根拠を基にして、技術を磨いていく。それがおそらく、味の素らしい成長の仕方なんじゃないかなと思います。

調味料を通じて、社会との接点をつくる

――2013年から部長を務めていらっしゃる経営企画部では、どんなお仕事をされていますか。

佐々木
大きく3つの仕事があります。まず、中期経営計画の策定や事業ポートフォリオ最適化のための戦略立案といった、経営戦略に関係する仕事。2つめが、社内プロジェクトの事務局機能。例えば、「働き方改革」の推進プロジェクトには、人事や情報システムといった複数の部門が関わりますが我々経営企画部も参画していますし、会社全体の組織設計などのプロジェクトにも携わっています。3つめが、経営陣のサポートです。経営会議や取締役会の運営や、リスクマネジメントに関する業務を行っています。

店舗に営業していた頃や商品開発を担当していた頃とは、当然違った視点が求められる役割です。

――いろいろなお仕事に携わってきた佐々木さんですが、どんなときに味の素が世の中に役に立っていることを実感してきましたか。

佐々木
それはどの現場でも感じてきました。最初に経験した店舗営業では日々感じていましたし、「Cook Do」シリーズや健康基盤食品を開発して、お客さまから感謝の声をいただいたこともありました。

大切なことは、商品を通じていろいろな土地の食生活にどう貢献するか。それを突き詰めることが、わたしたちが世の中のお役に立つこと、つまり、弊社が掲げるASVでいうところの“社会価値”の創出だと思うのです。そのために、調味料などの商品を通じて社会との接点をどうつくるか。それを考えているときが、わたし個人としては一番楽しいですね。

J-CSV提唱者の視点

名和 高司 氏(一橋大学大学院 経営管理研究科 国際企業戦略専攻 特任教授)

筆者は味の素の社外取締役を兼任しているので、少しひいき目に同社を見がちかもしれない。それでも味の素は、日本を代表するCSV企業と言っていいだろう。ネスレをはじめとする欧米のCSVのベストプラクティスと比べると、以下の3点が大きな特長だ。

第1に、欧米企業が新興国の社会課題にフォーカスしがちであるのに対して、味の素は先進国の課題にも真剣に向き合っている。高齢化が進む中で、調味料やサプリを通じて、健康寿命を維持するためのソリューションを提供している。

第2は、深い科学的な知見に基づいている点だ。「おいしさ」を感性科学などの見地から分析し、エビデンスを示している。さらに「おいしさソリューション」を他の食品メーカーに提供している点も、科学に立脚した日本企業らしい取り組みだ。

第3に、ASVを企業理念として唱えるだけでなく、味の素グループWayと一体化させて、価値観、さらには行動レベルにまで落とし込んでいる。トップダウンの号令ではなく、現場に深く根差している点が、現場力に定評がある日本企業ならではだ。

ベトナムの給食システムや栄養士制度を整備するといった離れ業は、かなり難易度が高いかもしれない。しかし、社会課題先進国の日本を起点としつつ、科学と現場力をエンジンとしてASVを推進する姿は、J-CSVの1つのひな型として、多くの日本企業にとって参考となるはずだ。

佐々木達哉
1963年、東京都生まれ。1986年、味の素株式会社に入社。関東支店水戸営業所、東京支店営業第一課で営業職を経験。1994年から6年間にわたり本社調味料部で「Cook Do」シリーズの商品開発・販売マーケティング等を担当。その後、東京支社営業スタッフグループ、本社健康事業開発部、同ニュートリションケア部を経て、2013年から経営企画部長。2017年7月より執行役員。