株式会社翔泳社 第2メディア編集部長 兼 MarkeZine編集長 押久保剛氏
データを起点とするデジタルマーケティングは、これまでわからなかった広告効果やマーケティングの効果を数値で可視化し、生活者のさまざまな行動も明らかにした。それを踏まえて、先進企業はスピード感を持ってデジタルを使いこなせる組織へと変革し、顧客との新たな関係を構築し始めている。2006年からデジタルマーケティングの潮流を追い続けているWebメディア『MarkeZine(マーケジン)』編集長の押久保剛氏は、デジタルトランスフォーメーションを推進している企業の共通点として「危機感があること、ユーザーファーストであること」を挙げる。

「前編:デジタルが変えた企業のマーケティング」はこちら >

道具はそろった、では実行できる組織体制になっているのか?

――前編でも少し話題に上がった、デジタル時代に対応した組織づくりについてまずは伺えればと思います。

押久保
“デジタルトランスフォーメーション”への対応ですね。DMP(Data Management Platform)やMA(Marketing Automation)といったツール、それからIoT(Internet of Things)やAIといった先端テクノロジーまで、とかくデジタルマーケティング界隈には新しい用語が次々と登場し、バズワードとしてもてはやされます。生活者や社会のデジタル化に対応していくという意味合いの、企業のデジタルトランスフォーメーションも近年よく聞きますし、すでに実行して成果を上げている企業も出てきています。

――ツールには流行り廃りもあると思いますが、なぜ今、組織再編のような骨太の取り組みに乗り出す企業が増えているのでしょうか?

押久保
それは、デジタルマーケティングが広がり始めて約10年経った今がまさに、マーケティングに活用しうるテクノロジーがあらかた出そろったタイミングだからだと思います。道具はそろった、ではそれをどう使いこなすのか。実行が求められるフェーズだからこそ、土台となる組織が整っていないと動けない、そんな課題にマーケティング先進企業が気付き、自らトランスフォームしはじめているのです。

デジタルトランスフォーメーションを推進する企業の共通点

――なるほど。前編でも、マスとデジタルの予算配分や、デジタルに接する部署が拡大している話がありました。これらも組織の話と密接だと思いますが、たとえばどのように再編するケースが多いのですか?

押久保
典型的なのは、専門性が高いからと別組織にしていたデジタルマーケティングの部署を、既存の宣伝部やマーケティング部と統合して、マスもデジタルもフラットに捉えて全体最適を考えられるように変えるケースです。ただ、逆にデジタルマーケティングの専門部署が各事業部を横断して支援する、縦糸に横糸を通すような構造でうまくいっている企業もあるので、最適な形は本当に企業によってさまざまです。

――となると、単純に他社を真似してうまくいくものではないということですよね。成功している、あるいは模索しながらも前進している企業の共通点はありますか?

押久保
一つは、危機感があることだと感じます。変化のスピードが速い時代、まったく予期せぬところから競合が現れることも珍しくなくなっています。そうした状況で、変わらなくてはという思いを抱いている経営者は少なくないと思うのですが、実際に行動を起こしている企業とそうでない企業を分けているのは、「心底危機感を抱いているかどうか」だと感じています。

ユーザーファーストの姿勢がデジタル化を促進する

――危機感が、デジタルトランスフォーメーションの原動力になっている?

押久保
ええ、さまざまな企業を取材していると、そんなふうに感じます。先日、外資系のベンチャー企業から伝統的な日本の広告会社に転職した人が話していたのですが、極めて動きが遅いと。それだけ、まだ日本企業は余裕があるということなのかもしれません。

もうひとつ共通点を挙げると、ユーザーファーストの姿勢があることです。デジタルに対応した組織が必要だという考えの背景には、顧客の大きな変化があります。BtoCなら、一人1台スマホを持って常時ネットに接続し、SNSで企業や商品のさまざまな評判を確認できるというのは、ほんの数年で成立した環境です。BtoBでも、まずネット検索をしますよね。

――変化する顧客に対応しようとする動きが、つまりデジタルトランスフォーメーションなんですね。

押久保
そう思います。企業が重視すべきステークホルダーは数々ありますが、顧客がいるから企業が成り立つというのは昔も今も普遍の法則です。顧客が変わっているならそれに対応しないと、事業は続きません。

「努力は夢中に勝てない」 働く一人ひとりの熱量を引き出す

――組織再編のほかにも、マーケティング先進企業はどのような変革を起こしているのでしょうか?

押久保
たとえば単品購買からサブスクリプション型(定額課金制)にサービス形態を変えたり、顧客同士をつないでコミュニティを形成して価値の協創(共創)に取り組んだりと、いろいろな形があります。いずれも、ネットが普及したからできるようになったことですね。

――とはいえ、組織や事業を大きく変えていくのは極めてパワーがいることだと思います。うまく進められるポイントはあるのでしょうか?

押久保
自社に合った形を見極めるのを前提に、視点を付け加えるとすると個人を活かすことではないでしょうか。デジタルやマーケティングに限った話ではありませんが、先日ラジオを聞いていたら、株式会社ビームス社長の設楽洋さんの「努力は夢中に勝てない」という言葉が紹介されていて、とても印象に残りました。

好きでやっている人の熱量には、上からいわれたから仕方なくやる人は絶対にかないません。例えば店頭でも、商品を本当に好きで勧めているのか、義務で説明しているのか、すぐわかりますよね。なので、経営層には組織や事業などを変えていくのと同時に、それぞれのスタッフが熱量を発揮できる役割を与えることが求められると思います。

過去の定石を捨て、新しいルールを見据えて戦う

――最後に、デジタルを内包したマーケティングが経営に欠かせない要素になりつつある中、経営層が持つべきマインドについて教えていただけますか?

押久保
そうですね、これまでとステージが変わっていることは認識すべきだと思います。大量生産・大量消費の時代は終わり、これからは人口減少の中でグローバルも含めてどうビジネスをしていくかを考えることが不可欠です。同時に、企業から一方的に情報を提供するのではなく、生活者のほうがむしろ情報を持っている時代にもなっています。

ゲームのルールはもう変わっています。過去の成功の定石を捨てて、マーケティングをぜひ“経営ごと”にまで引き上げて考えていただけたらと思います。そのとき、必ずデジタルは有効な手段になるはずです。

押久保 剛
株式会社翔泳社 第2メディア編集部 部長 兼 MarkeZine編集部 編集長
1978年生まれ。立教大学社会学部社会学科を卒業後、2002年翔泳社に入社。広告営業、書籍編集・制作を経て、『MarkeZine(マーケジン)』の立ち上げに参画。2006年5月のサイトオープン以降、『MarkeZine』の企画・運営を一貫して担当。2011年4月に『MarkeZine』編集長、2015年4月からはマーケティング/EC/事業開発/ライフスタイル領域のメディアを管轄する第2メディア編集部 部長に就任。『MarkeZine』編集長を務めつつ他メディアの成長を支援する。自社書籍の販促支援を目的として2015年4月に新設されたマーケティング広報課の課長も兼任している。