株式会社翔泳社 第2メディア編集部長 兼 MarkeZine編集長 押久保剛氏
デジタル技術の発展は、企業にも生活者にもさまざまな変化をもたらしている。とりわけデジタルマーケティングの概念や手法は、旧来のマーケティングの可能性を大幅に広げ、デジタル化に対応した組織への再編や、事業の抜本的な変革を推進する要因にもなっている。そのさまは、まるでデジタルがマーケティングそのものを“経営ごと”へと強力に押し上げているようだ。本シリーズでは、マーケティングの最前線で活躍する人物を訪ね、実践事例や今後の戦略について伺う。シリーズのスタートにあたり、2006年からデジタルマーケティングの潮流を追い続けているWebメディア『MarkeZine(マーケジン)』編集長の押久保剛氏に、近年のマーケティングの変遷を踏まえて「今」がどういう節目なのかを解説いただいた。

今やデジタルマーケティングはあらゆる企業に欠かせない

――デジタルを中心としたマーケティングに関する情報を扱う専門メディア『MarkeZine(マーケジン)』は2006年にオープンされ、今年で12年目になるそうですね。その間、デジタルのテクノロジーは急激に発展し、私たちの生活も大きく変わりました。『MarkeZine』で扱う内容も、随分変わったのではないですか?

押久保
たしかに大きく変わりましたね。立ち上げ当時はネット広告の市場規模が3,500億円程度で、記事もSEO(Search Engine Optimization)、検索連動型広告、ディスプレイ広告、メール広告などの各論が中心でした。それが今や、市場規模は1兆5,094億円まで拡大しました(※)。僕らも、単なる手法やネット上でビジネスをしている企業の取材に留まらず、従来は店舗などリアルな場で商売をしてきたトラディショナルな大手企業が、マーケティングにどうデジタルを使っているのか、顧客との関係をどう築いているか、といったことを取材する機会が増えています。

※ 出典:2018 年2月発表「2017年 日本の広告費」株式会社電通

――プレーヤーの幅が広がっているのですね。

押久保
まさに、そうですね。今やデジタルマーケティングは、「顧客」という存在に対して事業をしているあらゆる企業に不可欠なものになっています。

ネットとスマホの登場がすべてを変えた

――そんな変化の起点となった、業界の潮目ともいえる出来事は何だと思われますか?

押久保
もはや誰もが日常で接していますが、ネットとスマホの登場ですね。この2つがマーケティング活動にもたらしたインパクトは計り知れません。

デジタルマーケティングに取り組むということは、データドリブンでマーケティングをすることとほぼ同義です。既存のマス広告では測れなかった広告効果を数値で可視化したり、生活者の行動をつぶさに把握したりと、データを蓄積してそれを分析し、PDCAを回していくことで成果を高められます。その際、データの量があるほど、精緻な分析ができます。

誰もが手のひらのスマホからネットにつながり、常時デジタルに触れるのが日常になった今、集めようと思えば膨大なデータを集められ、マーケティングに活用できます。そうなると、BtoC、BtoBを問わず、もうどの企業も「うちにはデジタルは関係ない」とは言えません。

デジタルに接する部署も拡大している

――マーケティングにおけるデジタルの存在感が、どんどん増しているんですね。

押久保
そうですね。冒頭でご紹介したように、今もネット広告市場は拡大を続けていますし、ネット広告によりデジタルマーケティングが拡大したのは間違いないのですが、マス広告に比べてとても単価が安かったこともあって、長らく「デジタルは補足的な手段」といった捉え方がされてきました。マーケティング部や宣伝部でも、マス広告に使った予算の残りをデジタルに充てるとか、デジタル専門の部署と予算の取り合いになるといった話も多かったです。

それが今は、先進的な企業から、マスとデジタルをバランスよく使ってマーケティング全体を推進していく考えが広がっています。その実行のために、組織を再編する企業も増えましたし、この2、3年でかなり変わった感覚があります。

――組織の中で、デジタルに接する部署も拡大しているのでしょうか?

押久保
確実に広がっていますね。例えばSNSにあふれる生活者の声に耳を傾ける、ソーシャルリスニングを取り入れれば、商品開発に大いに役立ちます。オンラインのさまざまなツールやプラットフォームを使えば、小売店を通して商品を販売しているメーカーでも、直接ファンを育てて長期的にコミュニケーションを取ることもできます。これは広報にも関係すると思います。

経営層にも広がるデジタルの重要性の認識

――「デジタルマーケティング」という言葉自体がなくなる、と言う人もいるとか。

押久保
たしかに、マーケティングを考える上で、そこにデジタルの概念が内包されるのは当たり前だと考える傾向は増えているように感じます。特に「デジタルを使おう/使わねば」という意識が消えているという意味では、デジタルマーケティングという言葉をあえて使うシーンが少なくなっていると思います。

――経営層にも、マーケティングにデジタルが欠かせないという考えが広がっているのですか?

押久保
広がってはいますが、企業や業態によって大きく意識の差がありますね。ただ、経営にとってマーケティングが重要だと考えている企業の多くは、デジタルの重要性も理解していると思います。

ここには2つの流れがあります。デジタルが、もはやマーケティングで当たり前になっていること。そして、マーケティングが“経営ごと”であると捉えて注力する企業が、デジタルを駆使して成果を上げていることです。

読者の皆様は日本企業が戦後、ものづくりを強みに成長してきたことはよくご存知だと思います。日本人が日本人に売る分には、感覚的な判断でも不自由なかったという側面があると感じます。

デジタルがマーケティングの可能性を大きく広げている

――たしかにそうですね。概して、日本においてはCMO(Chief Marketing Officer)という役職を置いている企業も、欧米に比べてすごく少ないとか。

押久保
そうなんです。欧米の企業ではマーケティングが経営に直結する領域として重要視され、CMOを置くのも普通です。特に、マーケティングはアメリカで大きく発展しました。そこには、国土が広いからすぐに営業に行けないとか、人種のるつぼだから感覚的な判断が通用しないなど、さまざまな要因があるようです。

しかしながら、今では日本企業も、マーケティングに力を入れなければ立ち行かない状況に追い込まれています。主な理由は、人口の減少です。対日本人だけでなく、人種や文化を超えて事業をしていくには、勘と経験に頼らずしっかりと科学的なマーケティングを推進する必要があるのではないでしょうか。

また、モノが豊富な時代なので、よほど魅力的な商品か、それこそ“インスタ映え”といった最新の消費のトレンドを押さえていないと、簡単には買ってもらえないという側面もあります。こういった潮流からも、業種業態問わずデジタルを武器にするタイミングではないでしょうか。

押久保 剛
株式会社翔泳社 第2メディア編集部 部長 兼 MarkeZine編集部 編集長
1978年生まれ。立教大学社会学部社会学科を卒業後、2002年翔泳社に入社。広告営業、書籍編集・制作を経て、『MarkeZine(マーケジン)』の立ち上げに参画。2006年5月のサイトオープン以降、『MarkeZine』の企画・運営を一貫して担当。2011年4月に『MarkeZine』編集長、2015年4月からはマーケティング/EC/事業開発/ライフスタイル領域のメディアを管轄する第2メディア編集部 部長に就任。『MarkeZine』編集長を務めつつ他メディアの成長を支援する。自社書籍の販促支援を目的として2015年4月に新設されたマーケティング広報課の課長も兼任している。

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