株式会社スノーピークの山井太氏に聞く、日本発の経営戦略J-CSVの実践例第2弾。後編では、ハイエンドに特化した同社のアウトドア用品の品質を支える地元・新潟県燕三条地域の金属加工業への思いと、スノーピークの事業が地域に与えたインパクトに迫るとともに、地方の産業が活性化するためのヒントを示してもらった。

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ビジネスパーソン目線で気付いた地元の強み

――スノーピークのアウトドア用品のうち、テント設営に使う道具や調理器具のほとんどが燕三条地域のメーカーによる製造ですが、その金属加工技術の高さに着目したのはいつのことですか。

山井
わたしは三条市内の住宅街で育ったんですけど、その中にも鍛冶屋さんが何軒かあって、毎日スプリングハンマーの音が町じゅうに響き渡るようなところでした。鍛冶屋さんの技術ってすごいんですよ。金型を使わずに、自分の勘だけで金属を成型しちゃうんです。そういった職人さんの手仕事を見るのが、子どもの頃から大好きでしたね。

スノーピークの代表的商品「ソリッドステーク」。テント設営の際にロープを地面に固定する道具だ。

その後、高校卒業と同時に東京の大学に進み、都内で4年半のサラリーマン生活を経て、1986年に、父の会社である株式会社ヤマコウ(現・スノーピーク)に入りました。サラリーマン時代に勤めていたのは、ヨーロッパの有名高級ブランドの腕時計やジュエリーなどを輸入する代理店です。その4年半で身に着けたビジネスパーソンとしての眼で地元の金属加工業を見た時に、当時ホームセンターなどに非常に廉価で納めているメーカーさまが多い現状を知り、とてももったいないなと感じました。

同時に、地元の金属加工メーカーさまと取り引きさせていただく中で改めてそのクオリティの高さを実感して、燕三条という地域は「夢が形になる場所だな」と思いました。今でも燕三条には、金属加工を含めて2,000もの会社があります。ですから、ものづくりの基盤はすでにあるわけです。仮にわたしでなくても、何か新しいものを生み出そうという発想のある人がここに降り立てば、それを形にできるはずだと感じました。そこからハイエンドのアウトドア用品を作るにあたって、父の代から取引のあったメーカーさまに製造をお願いしました。

――地元の金属加工メーカーとは、どんなやり取りを経て製品を作っていったのですか。

山井
鍋を例にとると、登山などのアウトドアに使う鍋ってアルミニウム製がほとんどだったんです。軽いので、持ち運びしやすいから。そこで我々がオートキャンプ用に開発しようとしたのは、より錆びにくくてきれいなステンレス製の鍋でした。肝になるのは、鍋の厚さをどうするか。鍋の加工メーカーさまに厚さ0.3mm、0.4mm、0.5mm、0.6mmのサンプルを作ってもらって、我々の社内で長時間焚き火にくべて耐久性をテストしました。その結果、直径140mm以下の鍋だと厚さ0.4mmあれば大丈夫ですが、直径150mm以上の鍋だと厚さ0.5mm以上ないと底に穴が開いてしまうので、スノーピークの製品には使えないということがわかってきました。こうしたやり取りを何度も重ねて、永久保証を付けられるレベルの高い品質を、メーカーさまと一緒に磨き上げてきました。

ステンレス製鍋をはじめとする、スノーピークの調理器具商品

オープン化する町工場

――スノーピークが燕三条地域の技術を活かしてハイエンドな製品開発をするようになって、地場産業に何か変化はありましたか。

山井
高級品をきちんと作っていこう、という志向性に変化したメーカーが増えました。以前は燕三条全体で2,000社中、数社しかありませんでしたが、今は数十社にまで増えています。

また、我々が5年前に本社機能を現在の場所に移転してから、オフィスや製造の様子をオープンファクトリーとして一般公開するようになったんですが、地元の金属加工メーカーにも随分とオープンファクトリーが増えましたね。それが、今年で4回目を迎える「燕三条 工場(こうば)の祭典*」というイベントに発展して、産業観光につながっていると感じます。

* 2016年は10/6~10/9に開催。

スノーピーク本社にある工場。オフィススペースとともに一般公開されている。

工場の祭典の開催期間中は、参加企業の仕事の様子を見学することができます。昨年は68の工場が開放され、4日間で2万人もの人が訪れました。これだけの人数が産業観光で燕三条に来るなんて、それ以前にはなかったことです。

――燕三条地域の活性化のために、取り組んでいることはありますか。

山井
スノーピークとして地域に一番貢献できていることとすれば、やはり社業を頑張ることですね。その結果、スノーピークがこうしてメディアに取り上げられることで、結果として世の中の注目が燕三条に集まると思いますから。

そのほかには、2009年に始まった「燕三条プライドプロジェクト」という地域ブランディング活動の初代コーディネーターをわたしが務めさせていただき、活動計画書の作成に関わりました。燕三条という地域は小さな地方都市ですが、自然が身近にあり、人間らしい生活ができる場所です。そして、江戸時代から連綿と続く金属加工技術の文明がある。「ストレスの多い生活を余儀なくされている現代人が人間らしさを取り戻せる、いわば温故知新型の新しい未来を志向していきましょう。そういったライフスタイルに魅力を感じる人々が、日本中、世界中から訪れる街にしましょう」という目標を設定しました。そして、燕三条という地域ブランドの確立に向けてブランドマークを制定し、一定の基準を満たした地元産の製品や農産物に使用してもらうことで、燕三条ブランドのPRを図っています。

スノーピークは「デザイン会社」とも言える。

――グローバル経済がさらに進んでも、金属製品は変わらず燕三条で作り続けていきますか。

山井
もし、永久保証を付けられるほど品質の高いモノづくりができて、しかも安く製造できる工場が海外にあったとしたら、そこで作る可能性もなくはありません。でも、少なくとも現状では、国内と海外とで品質に大きな差があります。燕三条の金属加工技術、例えば薄さと耐久性の高さを両立させるクオリティなどは、やはり非常に高いです。

アウトドア用品の見本市に行くと、よく海外の同業の社長さんから「キミの会社はいったいいくら設備投資してるんだ?」と聞かれます。なぜなら海外の会社は、必ずしも産業集積地に拠点を置いているとは限らないため、大規模な設備投資が必要だからです。今、スノーピークはオートキャンプ用品だけで約800アイテムを提供しています。もし、そのすべてを自社で作るとなった場合、そのための設備投資をしてもきっとペイできないでしょう。

ただ実際のところ、燕三条には製造技術が“集積”しているわけではないとわたしは感じています。我々のような会社がプラットフォームになり、何百社という金属加工メーカーさまの技術をまとめて、アウトドアライフスタイルという産業に変換している。ですから、スノーピーク製品のユーザーさまから見たら、アウトドア用品を通じて燕三条の技術を可視化していることになります。

――スノーピークのように、地域の技術を活かしてモノづくりをする企業が地方にもっと出てくるには、何が必要なのでしょうか。

山井
これはわたしなりの仮説ですが、工業デザイナーなどをめざしている方々が、燕三条のように産業技術がある地域に来て創業すればいいのにな、と思います。製造の手段を持っていなくても、開発ができれば物は作れるってことですから。要はブランディングがしっかりできれば、起業は充分可能ではないでしょうか。

我々は、スノーピークはデザイン会社とも言える、と考えています。地場産業からのニーズを考えると、我々のように商品の開発もできて、店舗展開もできる会社がプラットフォームになったほうが、産業が集積しやすいのだと思います。

あとは「この土地に来れば思いどおりのモノづくりができるよ」っていうことを、工業デザインを勉強している学生に対して、地方がもっと発信していく必要があるでしょう。あるいは、企業に所属してそういったデザインをしているけれども、納得したモノづくりができていない方もいるかもしれない。そういった能力を集めることができれば、日本の各地に眠っている地域のポテンシャルが引き出されると思います。

山井太(やまいとおる)
1959年新潟県生まれ。明治大学商学部卒業。外資系商社リーベルマン・ウェルシュリー & Co.,SA勤務を経て、1986年、父の故・山井幸雄氏が創業した株式会社ヤマコウ(現・株式会社スノーピーク)に入社。アウトドア用品の開発に着手し、現在のオートキャンプスタイルを生み出した。1996年、代表取締役社長就任と同時に社名を株式会社スノーピークに変更。著書に『「好きなことだけ!」を仕事にする経営』(日経BP社, 2014年)。

J-CSV提唱者の視点

名和 高司 氏(一橋大学大学院国際企業戦略研究科 特任教授)

人工知能(AI)が人間の知能を超える「シンギュラリティ」が注目されている。これまでは2045年ごろの実現が想定されていたが、ソフトバンクグループ株式会社の孫正義氏は「2018年には実現する」とうそぶく。その時に、人間性とは何かが改めて問われるはずだ。そして今、シリコンバレーでは「マインドフルネス」を実践する企業が増えている。瞑想によってストレスを軽減させ、自分自身を取り戻す効果があるという。

スノーピークは、この「人間性の回復」に真正面から取り組んでいる。しかもそれをバーチャルな世界ではなく、自然との共生・交感というリアルな体験を通じて実現しようとしている点がユニークだ。そのためには、自然の中で人間が生活できるだけのモノづくりの力が、改めて問われる。だからこそ、燕三条という伝統的なモノづくりの現場を拠点にしているのである。このように、「現地・現物」というリアルな世界にしっかり根を下ろしているところが、J-CSVの1つの特徴といえよう。

また、同社が日本の中小企業のパワーを「編集」している点も、J-CSV型事業モデルとして参考になる。日本各地に点在する伝統的なモノづくり力と、若者のやわらかな発想力を組み合わせることで、新たな価値を創造する。J-CSVに問われるのは、スノーピークのようなプロデュース能力である。