グローバル化や知識社会の到来による環境変化への柔軟な対応には、従来のヒエラルキーを超え、個の創造性を発揮できる「場」としての組織のあり方が求められる。ICTを活用して関係性を強化して知的生産性を高める取り組みや今後の組織のあり方について、経営組織論、知識創造支援ワークスタイルの研究に取り組む東京工業大学大学院の妹尾大准教授に聞いた。

最強チームをつくるためのワークスタイル改革 関係性の視点から組織を考える 「前編」 >

ICTの活用で見えてきた「最強」の意味

人と人との関係をつなぐ、あるいは関係性を可視化するためのツールとしてICTが活用され始めています。関係性を組織全体の力にするという21世紀型のチームを実現する上で、ICTはどのような効果をもたらすのでしょうか。

私は、日立が開発したヒューマンビッグデータ(*1)のパイロットスタディに協力したことがあります。2009年のことでしたが、研究室の15名の学生と私と名札型のウェアラブルセンサーをつけ、記録されたデータから、チーム内のコミュニケーションの様子や、それぞれの学生が研究室内でどのように活動しているかなどを分析しました。

研究室では、数名ずつのチームに分かれてのグループワークを日常的に行っていたので、そのセンサーデータの分析結果を見ながら「最強のチーム」を考えてみようと提案しました。各自が最強と思う5名から成るチームを考案し、それを発表し、全員で話し合いながら収れんさせていくという作業を試みたのです。すると、結局1チームにはしぼりきれずに、2つのチームができました。しかも、その2チームに重複するメンバーがいないという、興味深い結果が出たのです。それぞれメンバーはみな違うけれど、それぞれが最強だと学生たちは考えたわけです。

こうした面白い結果が導き出されたのは、ヒューマンビッグデータによるところが大きいと思います。もし、センサーデータがなく、各自の感覚だけで選んだなら、1チームにしぼられたか、もしくは複数のチームの場合でも、きっと能力の高い個人は複数のチームで重複して名前が挙がったはずです。ところがそうはならなかった。最強のチームには、最強の個人は必ずしも必要ないということを、データから読み解くことができたからでしょう。もちろん、一人ひとりが強くなること、スキルを磨くことは重要です。しかし、チームの単位で考えると、できる人を上から5名集めても最強にはならない、ということを意味しています。

では何が重要なのか。相互の関係性です。「この2人は非常にいいコンビだが、仲が良すぎて同調しがちだから、まったく違う視点を持ち込む人も加えよう」、「その間を取り持つ人が必要だろう」、「全体をまとめられるのはこの人だろう」……。学生たちはヒューマンビッグデータのソーシャルネットワーク図を見ながら、こんなふうに考えてメンバーを選んでいました。

これは、関係性を可視化できるツールがあるからこそ、可能となったことです。人材マネジメントに長けた人は、勘や経験則から関係性に基づいたチームビルディングの法則を自然と身につけているのだと思います。そのようなスキルを磨くことも大事ですが、一方で、ICTを活用することにより、今まで漠然としていた組織内のコミュニケーションを定量的に見ることができる。関係性のあり方が、個の思考や行動、その結果としてのアウトプットに影響することを、科学的に解明できるというのは画期的なことでしょう。

*1 ヒューマンビッグデータ
名札型のウェアラブルセンサーを用いて、組織における各人の身体運動や他のユーザーとのコミュニケーション、滞在場所や動線などの人間行動データを計測。蓄積したデータを、業務・業績データなど既存のビッグデータと統合して解析し、業務改善・業績向上などを支援するサービス。

自己変革のプロセスの中から最強チームを生み出す

個の創造性を最大限に発揮できる環境をつくり、グローバル競争を勝ち抜く力を持った最強のチームを実現していくために、日本企業はいかにして自己変容を果たしていくべきなのでしょうか。

いつの頃からか、滅私奉公や個の顔が見えないことが、まるで日本の伝統的な組織のあり方であるかのように考えられてきました。しかし、歴史を振り返れば、目立つことに価値を見出す人たちや、それまでの常識にはまらない人たちが、新しい時代や文化を切り拓いてきたと言えます。いわゆる日本的な組織のスタイルというものが形成されたのは、ここ何十年かの話で、本質は違うのかもしれないと私は考えています。

ですから、まずはこれまでのセオリーや思い込みを脱して、何か新しい試みを始めてみるべきだと思うのです。もちろん、部門を超えたクロスファンクショナルチームを立ち上げたり、社内外とのオープンイノベーションを推進したりする取り組みは、これまでも行われてきたと思います。ただ、言葉やスタイルだけが先行して、文化の異なる人たちを集めただけの取り組みというのは、生産的ではありません。どのように化学変化を起こして、知識創造を促すのかという視点が必要です。

そのために有効なのが、さきほどからお話ししているように、体験の共有です。また、アウトプットに直結するプロジェクトチームだけでなく、間接的にアウトプットを豊かにするための「実践共同体」も大切にする必要があります。実践共同体とは、あるテーマに関して問題点を共有し、持続的な相互交流を通して問題解決へ取り組むコミュニティのこと。組織内の効率だけを追い求めていては、知的生産性は低下してしまうでしょう。

管理から環境づくりへ、知識創造へのステップ

仕事の種類によって、チームビルディングや管理の仕方、知識創造への取り組みも変わってくるように思うのですが、その点についてはいかがでしょうか。

確かに、仕事には、費やした時間と得られた成果との相関関係が強いものと弱いものがあります。しかし、それは単純に人や職種によって区別されるものではなく、1人の人、1つの職種の中にも両方の要素が混在しているものです。それを、マニュアルワーカーとナレッジワーカーとか、ブルーカラーとホワイトカラーといったように、人で分けて固定的に考えてしまうことが問題です。例えば、同じ人でもシャツを着替えれば、襟の色が変わるように、環境や条件に応じて仕事の内容も変わってくるはずです(図2 参照)。

図2 個人作業の分類


例えば、私の場合、研究のアイデアを練ることは時間と成果の相関が弱いけれど、教師として学生を育てる仕事は、費やした時間だけ価値が生み出せるものと考えています。経営的な視点からワークスタイルについて考えるうえでは、そのように1人の仕事の中に両方の要素があるということを認識して、仕事の実態に合わせて柔軟に組織の管理や制度を運用できるように配慮しておくことが重要でしょう。

そもそも、知の創造はきわめて偶発的なもので、管理や監視することなどできません。社内で就業時間内に起こるともかぎりませんし、トレーニングや教育をすれば必ず起こるというたぐいのものでもない。これからのリーダーに求められるのは、単に部下を管理するだけでなく、新しい出会いの場やきっかけを創出して、知識創造を促す環境づくりをすることにあると思います。

ワークスタイル改革の第一歩は、オフィスが知的創造の場であるということの意味を改めて考えること。そして、ヒューマンビッグデータのようなICTのツールも活用しながら、課題の抽出と解決法を皆で話し合うことです。自分たちの組織にとっての「最強チーム」は、そうした自己変革のプロセスの中から生み出されていくのではないでしょうか。

プロフィール
妹尾 大氏
東京工業大学大学院社会理工学研究科 准教授。
1998年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科助手を経て、2002年から東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授(現在は准教授)。博士(商学)。平成19年度東工大教育賞優秀賞を受賞。専門分野は経営組織論、経営戦略論、情報・知識システムであり、個人と組織の動的プロセスを研究。
主な著書は、『知識経営実践論』(共編著・白桃書房)、『魔法のようなオフィス革命』潮田邦夫・妹尾大(共著・河出書房新社)。

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