いま、企業間のコラボレーションによるオープン・イノベーションが加速している。オープン・イノベーションとは、1社に閉じてイノベーションを実現するのではなく、社外のアイデアや技術を取り込んだり、逆に外部に提供したりして行うやり方だ。これにより、素早く、安価に、顧客が求める製品やサービスを提供することができる。すでにいくつかの企業で始まっている事例を引きつつ、オープン・イノベーションの基本的な考え方と、失敗しないための処方箋について、経営学者で、経営史・イノベーション研究の第一人者である米倉誠一郎氏に聞く。

画像: 米倉 誠一郎氏 一橋大学大学院商学研究科・イノベーション研究センター教授 六本木アカデミーヒルズ日本元気塾塾長、プレトリア大学GIBS日本研究センター顧問、『一橋ビジネスレビュー』編集委員長。 一橋大学社会学部、経済学部卒業。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。ハーバード大学歴史学博士号取得(PhD.)。イノベーションを核とした企業の経営戦略と発展プロセス、組織の史的研究を専門とし、多くの経営者から熱い支持を受けている。 著書に『経営革命の構造』『創発的破壊 未来をつくるイノベーション』『2枚目の名刺 未来を変える働き方』、共編著に『オープン・イノベーションのマネジメント』など。

米倉 誠一郎氏
一橋大学大学院商学研究科・イノベーション研究センター教授
六本木アカデミーヒルズ日本元気塾塾長、プレトリア大学GIBS日本研究センター顧問、『一橋ビジネスレビュー』編集委員長。
一橋大学社会学部、経済学部卒業。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。ハーバード大学歴史学博士号取得(PhD.)。イノベーションを核とした企業の経営戦略と発展プロセス、組織の史的研究を専門とし、多くの経営者から熱い支持を受けている。
著書に『経営革命の構造』『創発的破壊 未来をつくるイノベーション』『2枚目の名刺 未来を変える働き方』、共編著に『オープン・イノベーションのマネジメント』など。


外部と連携することで、安く、速くできる

今、オープン・イノベーションが注目されています。オープン・イノベーションとは、どのような考え方で、どのような背景のもとで、生まれてきたのでしょうか。また、米国で提唱された概念が、なぜいま、日本企業で着目されているのでしょうか。

画像: 外部と連携することで、安く、速くできる

米倉
オープン・イノベーションは、2003年に、当時ハーバード・ビジネス・スクールで教鞭をとっていたヘンリー・チェスブロウ氏によって提唱されたことで、広く認知されるようになった概念です。チェスブロウ氏は、オープン・イノベーションとは、「企業内部と外部のアイディアを有機的に結合させ、価値を創造すること」と言っています *1。さらにその後、2006年に、社会への知識の放出を組み込んで、「企業が自社のビジネスにおいて社外のアイデアを今まで以上に活用し、未活用のアイデアを他社に今まで以上に活用してもらうこと」と定義を拡大させました *2。つまり、オープン・イノベーションとは、①社外の知識を意図的に活用すること、②社内の知識を意図的に社外に放出すること、という二つの側面からなります。

じつは、日本企業も古くから、ケイレツや企業集団というかたちでオープン・イノベーションを実施してきたのではないかと言われています。また、大学や公的研究所といった研究組織と共同で研究開発を行うといった活動も、頻繁に見られます。

しかしここへきて、より積極的に他企業との連携を念頭に置いたオープン・イノベーションが注目されつつあります。その理由の一つは、内部管理コストと外部取引コストを比較すると、圧倒的に後者のほうが経済的かつ効率的だという点です。

例えば、私が学生に何かを調べなさいと課題を与えたとして、学生がパソコンに向かってGoogleで検索し始めたとたんに、「ダメだ、中央図書館へ行きなさい!」などと、いまどき言うでしょうか(笑)。Googleで検索できる世界中の情報量と図書館の情報量とでは、もはや比べようもありません。同様に、企業で何か新規事業を立ち上げようとした際に、「社内の中央研究所へ相談しろ」と言うのは、もはや時代に合いません。外部へ相談したほうが、圧倒的に効率的な場合が多いからです。

もっとも、かつては違いました。例えばIT産業ではDRAMも液晶も、内製化したほうが経済的だった。しかし、いまや目まぐるしく技術が進歩し、変化していく中で、すべてを内製化することは難しいでしょう。ならば、外部から技術や知識を取り入れようというのは、自然な流れと言えます。

二つ目の理由は、スピードアップです。これは日本企業がもっとも遅れている点です。例えば、皆さんがいまお手持ちの電化製品だって、1年もすれば値段が大幅に安くなってしまいます。企業としては、もはや新製品でしか利幅を稼ぐことはできない。そうなると、新製品をいかに迅速に市場に送り出せるかが勝敗のカギを握ります。そのためには、外部のナレッジを導入して、スピードアップを図るのが賢明です。これまで1年かけて一つの製品を開発していたところを、スピードアップにより1年で二つの製品を開発できれば、同じコストで2倍の効率を生み出すことができます。もはや、B to BだろうがB to Cだろうが、短期間に新製品を世に送り出さない限り、高いマージンが取れないという市場の構造から逃れることはできません。

*1Chesbrough,H.W.(2003)“Open Innovation: The New Imperative for Creating and Profiting from Technology”(大前恵一朗訳『OPEN INNOVATION』産業能率大学出版部)
*2Chesbrough,H.W.(2006)“Open Business Models: How to Thrive in the New Innovation Landscape”(栗原潔訳『オープンビジネスモデル―知財競争時代のイノベーション』翔泳社)

オープン・イノベーションを加速するITの力

オープン・イノベーションが加速している背景には、やはりITの進展があるのでしょうか?

米倉
ええ、ITの力そのものですね。例えば、AppleのApp Storeが好例でしょう。いまや、App Storeにアクセスすれば、ゲームから車のエンジンのスターターから、画像が簡単に加工できるカメラから、何から何までありとあらゆる機能をiPhoneに取り入れることができます。それを可能にしているのが、プラットフォームを一般に広く提供するやり方であり、その上で企業や個人のナレッジが多種多様なアプリを生み出しています。プラットフォームをオープンにすることで、AppleおよびiPhoneの価値を上げることに成功しているのです。これだけ多種多様なアプリをAppleがすべて自前で用意するなどということは、とうていできません。これこそ、まさにITの進化やクラウドコンピューティングがもたらしたものでしょう。

また、最近では3Dプリンターの出現も製造業に大きな変革をもたらしています。正確な三次元データを打ち込めば複雑な形状を即座に、しかも簡単に再現できるため、個人や小さな製造業者でも複雑なデザインを備えた商品を製造することが可能です。あるいは、カリフォルニアで設計開発されたデータを深圳の3Dプリンターでプリントアウトして金型をつくるといったように、グローバルな製造ネットワークによるモノづくりも可能です。これも、ITの力そのものです。

いまや、世界中どこにいても検索が可能ですから、一物一価になっていかざるを得ない。「ほかより安ければペイバックします」という企業も多いですからね。同様に、ITの力によって、ナレッジについても非対称性が失われつつある。つまり、大企業がナレッジを独占できる状況ではなくなってきています。その企業の技術力や研究者の能力、そうしたさまざまなナレッジもまた、ITを通じてオープンになってきているのです。

オープン・イノベーションに欠かせない「コアスキル」

オープン・イノベーションという言葉が生まれて10年余りを経て、Appleの例のように、さまざまな成果が出始めているのでしょうか。

米倉
そうですね。時期的にはもう少し古くからあります。例えば、オランダのDSM社と日本の東洋紡が開発した「ダイニーマ」と呼ばれる高機能繊維の共同開発なども、オープン・イノベーションの典型例です。じつはこの繊維の基本的な製法は、DSM社で1970年代には開発されていたのですが、なかなか製品化には至っていませんでした。DSM社は化学会社であり、商業化のための紡糸技術を持っていなかったからです。そこで、DSM社は紡糸技術の外部探索を開始し、高い紡糸技術を持つ東洋紡をパートナーとして選定した。東洋紡も、オイルショックを経て、ちょうど通常の衣料繊維からの脱却を図ろうとしていたのです。こうして共同研究開発が始まり、1990年に入って工業生産が始まりました。

ここで重要なのは、オープン・イノベーションには、「コアスキル」が必要だということ。ものづくり研究の権威である東京大学の藤本隆宏教授が、「競争力とは選ばれる力である」と言っているのは、まさにそのことを意味しています。選ばれる力がなければ、オープンにつながることは決してできません。また、たんにオープンにすればいいというものでもなく、オープン・イノベーションには失敗がつきものであり、ある意味、手間がかかる方法でもあるということを、肝に銘じる必要があります。

米国の企業の事例としては、P&Gが2000年からコネクト・アンド・デベロップというオープン・イノベーションのスキームを導入しています。じつは、P&Gは当初、なんでもかんでもオープンにして失敗を繰り返していたと言いますが、現在ではテーマを絞って実施することで、成果を上げています。

P&Gの手法の一つが、自社が抱える技術ニーズをインターネット上で公開し、ソリューションを募集するというやり方です。その一例ですが、芳香剤の匂いを安定的に長持ちさせたいというニーズをオープンにしたところ、イタリアの企業の技術を導入することに成功しました。芳香剤の匂いを持続させるためには、化学物質をゆっくりと電解させる制御技術が必要であり、このイタリアの会社は特殊な浸透膜技術によりそれを可能にしたのです。もしP&Gが、そうした特殊な技術も必要だからとすべてを内製化していたとしたら、いち早く製品化に漕ぎつけることはできなかったでしょう。

企業文化の変革で、スピードアップを図れ

冒頭で、日本企業は開発のスピードが非常に遅いとおっしゃっていましたね。

米倉
まったく遅いですよね。それこそが利益率の低さにもつながっています。欧米の企業に比べて、なぜこれほどまでに日本の企業の利益率が低いのかといえば、それはまさに、新商品開発のスピードの差というほかありません。

その違いは、一つにはトップのコミットメントにあります。そもそも、経営会議に必ず事業部長が同席して、なんでも賛成多数で決めようとする日本企業の風潮に問題があります。全社の全体計画を立てる際に、自分の事業部がなくなるかもしれないという部の事業部長が、「うちの事業部はいらないと思います」などと、発言するわけがありませんよね。しかも、オープンにして外部から技術やアイデアを募りたいと言えば、事業部内にその能力がないということの表明でもある。だから、オープン化が進まないのです。

したがって、オープン・イノベーションを進めるためには、トップの強い思いがなければ難しいということです。トップは、開発までのスピードアップを図りたいという強いメッセージを全社に伝えなければなりません。P&GのRadhakrishnan Nair博士が言うように、オープン・イノベーションとは、「企業文化の変革」です。その中でもっとも大切なのは、コーポレートカルチャー、すなわちシェアード・バリューです。つまり共有価値です。

では、その基軸は何か。いま求められているのは、「顧客によりよいものを速く届ける」ということだと思います。自社や自分自身を大事だと思っている事業部長なら、外部に出さずにうちでやろう、となりますね。ところが、「顧客にもっともいいサービスを、より速く安く届ける」ことが共有価値であるなら、外部から技術を取り入れる選択をするでしょう。そうした感覚を、トップ以下、全員が持つことが重要です。

日本企業の新商品開発の遅さの原因の一つは、まさに内向きになって、自社のことばかり考えている風潮にあると思います。顧客のことを第一に考え、他から選ばれる力を身につけたいと考えるなら、まったく違う考え方ができるのではないでしょうか。

画像: 企業文化の変革で、スピードアップを図れ

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)


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