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楠木特任教授がのめり込んでいると語る、任侠・ギャング映画。人間の本性をわしづかみにする基本プロットが、その魅力だという。

※本記事は、2023年10月4日時点で書かれた内容となっています。

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「第4回:映画『ギャング・イン・ニューヨーク』――義理と人情、親と子。」

自分でもどうかしてると思うくらい、僕は任侠・ギャング映画が大好きです。このジャンルには、往年の東映の任侠映画を筆頭に、ある種の様式美があります。言ってみれば、全部同じ話。で、どれを見てもグッとくる。その面白さは、人間の本性をわしづかみする基本プロットにあります。

邦画なら、高倉健さんが歌った『唐獅子牡丹』の有名な歌い出し「義理と人情を 秤にかけりゃ」の世界。洋画なら、不朽の名作『ゴッドファーザー』に代表される親子の葛藤。話を動かしていくエンジンが、和モノだと「義理と人情」になるのに対して、洋モノは決まって「親と子」になるのが面白い。それぞれの文化圏で、一番人間の本能を直撃するテーマだからでしょう。

任侠やギャングといった裏社会は、人間の不条理や矛盾が凝縮されている世界です。葛藤を描くには非常にいいプロットなわけです。だから、日本にも西洋にもこのジャンルがある。

義理と人情、親と子。この構図に代わる新しい作品はないか、僕はいつも探しているのですが一向に出会えません。例えば先日見た『ギャング・イン・ニューヨーク』(原題:Gotti/2018年/アメリカ)は、アメリカのマフィア界に存在した五大ファミリーの1つ、ガンビーノ一家の1980年代を中心に描いた作品です。例によって、親子の愛情と対立がストーリーの主軸になっています。

主演のジョン・トラボルタ演じるジョン・ゴッティは、アメリカのマフィアの歴史の中でも印象的な人物として知られています。何回も刑事告発を受けるのですが、そのたびに無罪になる。「テフロン・ドン」の異名がありました。

映画のストーリーはこうです――ガンビーノ一家を率いる大ボスのカルロ・ガンビーノが、後継者を選ぶことになった。人望と武闘能力で傑出していた部下のアニエロ・デラクローチェを差し置いて指名された人物が、ガンビーノと血縁関係にあるポール・カステラーノでした。選ばれなかったデラクローチェは、組織の秩序を重んじて一応この決定に従います。ところが、デラクローチェの直系の子分である主人公のゴッティは納得がいきません。

その後デラクローチェが亡くなってゴッティは後ろ盾を失います。一家の中で「やるか・やられるか」の立場に立たされたゴッティは、ボスのカステラーノを暗殺しようと企て、遂行します。その後ゴッティはボスとなりキャリアのピークを迎えるのですが、最後は部下の裏切りに遭い、逮捕され終身刑となり刑務所の中で亡くなる――。

このストーリーを動かしている軸は、ゴッティとその息子、ジョン・ジュニアとの間の愛情と対立にあります。義理と人情の要素は薄い。いつものギャング映画のパターンです。

近年の日本の任侠映画は、「義理と人情を 秤にかけりゃ」という昔ながらの路線は下火になり、『アウトレイジ』シリーズや『孤狼の血』シリーズが人気です。人間同士の内面的な葛藤に興味のある僕にとっての救いは、「東映Vシネマ」というジャンルがあることです。『仁義なき戦い』シリーズのあと、劇場公開を前提としないVシネマが製作されるようになりました。しかも、今ではオンラインでいくらでも見ることができる。僕は極限まで暇になると、Vシネの世界に浸ります。日がな一日、次から次へとVシネを見る。1作品1時間強なので、1日8時間あれば6本見られる。

どの作品も基本プロットが同じです。まず、登場人物同士が利害関係にある。義理と人情の矛盾の中でますます関係がこじれて抗争に発展し、最後は主人公もしくはその舎弟が破れかぶれの行動に出て、収束する――多くの作品がこのストーリーです。で、出てくる俳優も同じ。つまりは、全部おんなじなんです。それだけ「義理と人情を 秤にかけりゃ」という基本プロットが、相変わらず一部の人の心をわしづかみにし続けている。

休日に何もやることがない方に、お勧めです。ただし、何かやることがある方は、そっちをやったほうがイイと思います。

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画像: 映画評―その4
映画『ギャング・イン・ニューヨーク』――義理と人情、親と子。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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