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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
近年、楠木氏は住宅建築に関心を寄せている。根底にあるものは、人間と社会に対する飽くなき興味だ。今回は、人間と住宅建築との関係について語る。

「第1回:家を見ればその人がわかる。」
「第2回:ちょうどいい大きさ。」はこちら>
「第3回:生活哲学としての『方丈記』。」はこちら>
「第4回:衣食、住。」はこちら>

※本記事は、2023年7月11日時点で書かれた内容となっています。

僕は住宅建築に興味があります。以前読んだ隈研吾さんの本に、こんな趣旨のことが書かれていました。――建築も1つの芸術的創造である。では、絵画芸術と何が違うのか。建築物の中には人が入る。中でも住宅は、人間にとってよりリアリティがある建築物だ。建築と人間との相互作用の度合いが、純粋芸術に比べるとよっぽど大きい――。

僕の興味関心は人間と社会に偏っています。そういう意味でも、住宅は僕にとって非常に興味深い。「〇〇を見ればその人がわかる」という話があります。普段食べているものを見れば、その人がどういう人かわかる。その人の本棚を見れば、その人がわかる。人間を理解する上で僕が最強だと思う方法は、「家を見ればその人がわかる」。

当然ですが、他人の家を中から見ることができる機会はそうそうありません。僕自身、家に人を呼ぶことは滅多にしません。呼ぶとしても、ごく親しい友人くらい。もし人の家を見る機会があるとしたら、ホームパーティーに呼ばれて行くことくらいです。おそらくですが、ホームパーティーを積極的に開く人は、家を他人に見せるものと捉えているのではないか。家を他人に見せること自体が、その人にとって価値がある。雑誌などで自分の家を公開する人にも、おそらく同じことが言える。僕のように、家を完全に私的な空間と捉えている人間とはそもそも考え方が違う。

忙しい人がどうやってタイムマネジメントしているのかを調べた意識調査がありますが、考えてみると、本当に忙しい人はそんな調査に答える時間などないはずです。テーマ設定からしてサンプリングバイアスがかかっている。自分から積極的に家を公開したい人ではなく、僕のようなごく普通の生活者がどんな家に住んでいるのかをたくさん見ることができたら、人間についての理解も相当深まるんじゃないか――。そう思うのですが、もちろん現実には叶いません。

『週刊文春』に「家の履歴書」という連載があります。いろいろな人に、これまで住んできた家について聞くというコーナーです。実は僕も一度取材を受けたことがあるのですが、いろいろな人の住んできた家を知ることができるので、僕にとっては面白い読み物です。

これまで再三お話してきましたが、僕の人生の師は昭和の大女優、高峰秀子さんです。当時の女優は、今の女優以上にものすごい豪邸に住んで、仕事の打ち合わせにしても取材にしても、全部おうちに関係者を呼んで行う。ゲストハウスを兼ねたような大邸宅を、若いうちにキャッシュで買う。そういう生活をしていました。

女優を引退した後の高峰さんは、文筆業に絞って仕事をするようになります。映画女優をしていたときのような必要以上の人間関係を持たず、自分らしく自由に好きなように過ごせる時間を持つために、高峰さんはわざわざ同じ敷地内に小さな家を建て替え、不要になった家財を処分します。その辺が、非常に高峰さんらしい。

高峰さんはこう文章に書き残しています――家には自分の好きなものしか置いていない。自分が嫌なものは1つもない――センスが良いだけでなく、強い。高峰さんは女優時代に、松山善三さんという脚本家とご結婚されます。当時まったく無名の助監督だった松山さんは、お金もない中で無理をして、着物を仕立てるための反物を高峰さんに贈ったそうです。ところが高峰さんは気に入らず、速攻で店に取り換えに行きました。どこまでも自分のセンスに忠実に生きた方です。

僕はあるきっかけで2度、生前高峰さんが暮らしていたおうちにお邪魔する機会がありました。それまで読んだり聞いたりしていた高峰さんのおうちに入った瞬間、「ああ、やっぱりこういう人だったんだな」――高峰さんへの理解がグッと深まった感じがしました。

一言で言うと、実に素っ気ない。高峰さんがお亡くなりになってだいぶ経っていたのですが、しつらえや置いてあるものはご存命当時のままでした。家こそ、そこに住む人がどういう人間なのかを如実に表していると思わされた体験です。(第2回へつづく)

「第2回:ちょうどいい大きさ。」はこちら>

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画像: 住まいと人間―その1
家を見ればその人がわかる。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

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・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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