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一橋ビジネススクール教授 楠木建氏/元プロ野球選手 高森勇旗氏
2023年の始まりを飾るのは、楠木氏とは隣人の関係にもある高森勇旗(ゆうき)氏との対談。現在ビジネスコーチとして活躍中の高森氏は、かつてプロ野球という厳しい競争のなかで揉まれてきた。縁遠い世界の住人だった高森氏の仕事哲学を、楠木氏が掘り下げていく。

「第1回:野球嫌いの野球少年。」
「第2回:史上最低の身体能力。」はこちら>
「第3回:野球よりも面白かったセカンドキャリア。」はこちら>
「第4回:『ストレス不足」と、行動変容。』はこちら>
「第5回:具体と抽象の振れ幅。」はこちら>

※本記事は、2022年10月22日時点で書かれた内容となっています。

対極にいる隣人

楠木
今日は以前この連載でも紹介したことがある人で、元プロ野球選手の高森勇旗君を家の近所のコーヒーショップにお招きしています。隣に住んでいるので話が早い。

僕は「論理のねじれ」に面白味を覚えます。うちの従業員はみんな同質的です――そういう組織に対して「多様性がないじゃないか」と言う人がいます。もちろん、そういう会社があっていい。同質的だからこそ結束が固く、それがゆえに成功している会社もあるはずです。もちろん、多様な人がいるから成果が出ているという会社もある。いろいろな会社があり、社会全体で多様性を生み出しているわけです。多様性を叫ぶ人ほど、本当の意味での多様性を見落としているという面がある。こういうのが僕の言う論理のねじれです。

「俺は楽観的だから」と言う人がいます。ここにも論理のねじれがある。こういう人ほどうまくいっている状態を強く想像するので、「うまくいかなかったらどうしよう……」とかえって心配になる。いわゆる楽観主義は悲観とほとんど背中合わせなんです。

僕のスタンスである絶対悲観主義は、条件、状況、自分の得意不得意、仕事の種類にかかわらず、いついかなるときでも自分の思いどおりになることなんてないという考え方です。そういう仕事哲学を持っていたほうが、実は前向きに仕事ができる。

野球に例えると、ボールにバットを当てに行くのではなく、思いきり自分のスイングで気持ちよく振れる。うまくいかなくたって全然へこまない。こういうスタンスで僕は現実と折り合いをつけて、それなりに楽しく仕事をしています。

大前提は、絶対悲観主義が合うかどうかはその人の気性・気質によることです。「挑戦」「闘争心」というワードが大好きなアスリート体質の人が聞けば「何事もうまくいかないなんて思っていたら、その時点でやる気出ないじゃないか!」とお怒りになるのは当然です。僕はそういう人を説得しようとは思いません。そもそも気性が違う。

今日お越しいただいた高森君は、プロ野球選手として厳しい競争の世界を経験したあと、ほとんどゼロからビジネスコーチやライターというまったく違う世界の仕事に挑戦し、大成功しています。元アスリートで一見すると僕とは対極にいる高森君がどんな仕事哲学をお持ちなのか、お聞きしていこうと思います。

野球せざるをえなかった幼少時代

楠木
まずは高森君のこれまでの歩みについてお聞かせいただけますか。

高森
富山県高岡市で伝統工芸士の父のもと、3人きょうだいの末っ子として生まれました。兄と父が野球をやっていて、わたしも始めざるを得ない環境でした。小学校3年生で学童野球のチームに入ったのですが、毎日「やめたい」と泣いていたのを覚えています。

画像: 高森勇旗氏

高森勇旗氏

監督が父方の叔父だったんですが、厳しくて厳しくて……。毎日叱られ、走らされていました。小学生なのにダブルプレーを平気で完成させてしまうくらい、とにかく守備を鍛える指導方針で、年に数回だけバッティングマシンを使った打撃練習がありました。最初にバントをするんですが、それに失敗すると罰としてグラウンド10周。かなり息が上がっている状態でまたマシンに向かい、またバント失敗、グラウンド10周。そんな調子でひたすら走らされていました。まったくバッティングをやらせてもらえない(笑)。

家に帰ると、大好きだった図鑑をずっと読んでいました。それを兄がバン! と取り上げて、グローブを押し付けてくる。仕方ないのでキャッチボールに付き合う。そんな幼少時代でした。

「プロになれないと帰れない」

楠木
そのチームでは最終的に中心選手になったんですか?

高森
中心選手でした。身体が大きかったのと、口達者なのでリーダーシップがある風に映ったみたいです。

でも中学校に入ったら化けの皮が剝がれました。周りの選手たちに成長期が来て、野球もグンと上達して、一気に追い越されたんです。俺、大したことないんだな……と気づきました。

その代わり、勉強は野球よりはるかに好きだし成績もよかったので、将来は考古学者になろう、野球はこのままソフトランディングしていこう――そう考えていたら、中2の冬に成長期が来たんです。ドーンと身体が大きくなって、打ったら全部ホームランという感じでした。

中3の春になると高校野球の強豪校のスカウトが来るようになりました。そして岐阜県にある中京高校の体育科に野球留学しました。

楠木
当然のように甲子園をめざした?

高森
それが使命でした。1年生の春からベンチに入って、その夏から3年生までずっと正捕手でした。そうは言っても、プロには行けるかな、どうだろうな……という感じでした。

楠木
でも、進路の選択肢にプロがあるくらいの活躍ぶりだったのですね。

高森
高卒後の進路はプロ野球選手と、中3の秋に決めていました。同級生たちと進路の話題になったときに、「野球留学で岐阜の中京高校に行く」と言ったら、「まさかプロにでもなれると思ってんの?」「あいつ、イタいヤツなんじゃないか?」みたいな目で見られるようになって。これはプロにならないと恥ずかしくて地元に帰って来られないな。よし、3年でプロになろう――そう決めて中京高校に進みました。

ただ、結局甲子園には一度も出られませんでした。

野球選手の転換点は、21歳と26歳

楠木
正捕手ということは、チームでは完全に主軸でしょう?

高森
そうですね。最後はキャプテンで4番でした。

楠木
高森君は2006年、高3の秋にドラフト会議で現在の横浜DeNAベイスターズから指名されました。指名されると思っていましたか?

画像: 楠木建氏

楠木建氏

高森
思っていました。シーズンにもよるのですが、全プロ野球選手の構成比は甲子園組と非甲子園組がほぼ半々で、後者のほうが少し多いくらいです。それに、スカウトが球場や学校に来ているのはわたしも知っていましたし、野球雑誌を開くと自分が載っている。その年の高校生捕手でドラフト候補に挙がっていたのはわたしを含めて3人しかいなかったので、指名される可能性はあると思っていました。

楠木
指名の決め手になったのはやっぱり打撃ですか。

高森
そうです。でも上手くはなかったです。21歳くらいまでは、筋出力――持っている筋力を発揮できる力の大きな選手が高いパフォーマンスを出せるんです。力任せのめちゃくちゃな打ち方でも、ホームランになる。めちゃくちゃな投げ方でも140キロ出ていれば、なかなか打たれない。だから目立つ。そこに技術やスキル、経験が追いつくのが26歳くらい。筋出力だけに頼ってきた選手はそこでひっくり返されるわけです。わたしは身体が大きかったのと、結果として大きな打球を打てていたので、目立っていたのだと思います。

楠木
キャッチャーとしてはどの点がスカウトから評価されていたんですか。

高森
今にして思うと「ゲームをつくる力」だったのかなと。自分としては肩に自信があったのですが、プロに入ってそれが見事にへし折られることになります。(第2回へつづく)

「第2回:史上最低の身体能力。」はこちら>

画像1: 新春対談 楠木建×高森勇旗 ニュートラル主義の仕事哲学―その1
野球嫌いの野球少年。

高森勇旗(たかもり ゆうき)
1988年、富山県高岡市生まれ。2006年、岐阜県の中京高校から横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)に高校生ドラフト4巡目で指名され入団。2012年、戦力外通告を受けて引退。データアナリストやライターなどを経て、2016年、企業のエグゼクティブにコーチングを行う株式会社HERO MAKERS.を立ち上げ代表取締役に就任。著書に『俺たちの「戦力外通告」』(ウェッジ、2018年)。

画像2: 新春対談 楠木建×高森勇旗 ニュートラル主義の仕事哲学―その1
野球嫌いの野球少年。

楠木 建(くすのき けん)
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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