2015年10月に商用化された、IoT(Internet of Things)で農作物栽培のあり方を変える農業IoTソリューション「e-kakashi」(イーカカシ)。2008年のプロジェクト始動から8年間、構想はいかにして事業化されたのか。そして、普及に向けた今後の展開とは。プロジェクトマネージャーとしてe-kakashiの事業化を推し進めてきたPSソリューションズ株式会社の坂井洋平氏と、システム設計を担当してきた同社の小杉康高氏に話を聞いた。

プロフィール:坂井洋平(さかいようへい)
1978年、兵庫県生まれ。徳島大学工学部光応用工学科卒業。2001年、旧・J-フォン西日本株式会社に入社。2004年に退社してWebデザイン・コンサルティング会社を起業。2008年にソフトバンクモバイル株式会社(現・ソフトバンク株式会社)に入社し、ディズニーモバイルやLGBTマーケティングなどのサービス企画を務めた。以後e-kakashiプロジェクトの事業・商品企画開発を推進。現在、ソフトバンクグループのPSソリューションズ株式会社 CPS事業本部 農業IoT事業推進部 部長を務め、ソフトバンク株式会社 ITサービス開発本部 CPS事業推進室 担当課長を兼任。

プロフィール:小杉康高(こすぎやすたか)
1979年、石川県生まれ。東海大学工学部建築学科卒業。2001年、現在の大成ユーレック株式会社に入社し、分譲マンション建築の施工管理を担当。その後IT業界に転職し、個人事業主、システムベンダーにてシステム開発に従事。2010年からパートナー企業としてe-kakashi開発に携わり、2015年4月にPSソリューションズ株式会社に入社。CPS事業本部 農業IoT事業推進部に所属し、e-kakashiのシステム設計・開発をリードしている。

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e-kakashiを全国に普及させるための条件

坂井洋平氏は、e-kakashiの開発が始まった2008年からのプロジェクトメンバー。事業企画・商品企画全般を担当し、プロジェクトをリードしてきた。もともとはネットワーク系システムエンジニアとしてキャリアをスタートし、Webデザイン・コンサルティング会社の起業も経験したが、「もっと大きなビジネスを構築したい」と考え、ソフトバンクモバイル株式会社(現・ソフトバンク株式会社)の門を叩いた。

「新たな事業を企画して実際に進め、製品やサービスを市場に普及させる。そのしくみをつくりたい、と常々考えています。わたしには何でも自分でつくりたいというこだわりがあり、例えばモバイルサイト黎明期によいサイトがないなら自分でつくってみる、自分で会社をつくってみる、料理をつくるなら食材から育ててみる。バジルやトマトを育て、美味しいパスタをつくって、家族に喜んでもらえた時はすごく充実感がありますね」

画像: PSソリューションズ 坂井洋平氏

PSソリューションズ 坂井洋平氏

翌2009年から本格的にe-kakashiの試作開発が始まると、出来上がった機器を実際の田んぼや畑に設置して作動させるフィールド実証を行うため、坂井氏は地方に足しげく通うようになった。

「われわれがまず実現させようとしたのは、田畑の状態の見える化。そのために、センサーを搭載した機器がきちんと作動し、温度や湿度、土壌の水分量などの環境データを高い精度で取得し、安定的にサーバに通信させる必要がありました。それを確実にできるかチェックするために、フィールド実証は不可欠なプロセスでした。ところが初めの頃は、屋内では動作するものが、屋外では安定的に動作させることが難しく、肝心のデータが取れたり取れなかったりという状態。兵庫県淡路島の実証フィールドに機器を設置し、作動したのを見届けて東京に戻ったらその日のうちに異常が発生していた、なんてことも。まさに試行錯誤の連続でした」

商用化までにフィールド実証を行った場所は、全国15カ所を数える。

「最初の実証場所は、北海道の音更町(おとふけちょう)と兵庫県淡路島。もともとは鳥獣被害対策を進めていました。その後、田畑の見える化にシフトしていき、京都府の与謝野町(よさのちょう)や、佐賀県、熊本県などにもご協力いただきました。きっかけの多くは、イベント露出でのお引き合いや取引先・大学の先生方などからのご紹介でした。e-kakashiを全国に普及させるためには、実際の圃場でのフィールド実証が欠かせませんでした。そのため、いろいろな地方でフィールド実証を行う必要がありました」

「カンタン」「手軽」「面白い」

各地でのフィールド実証の積み重ねと、2010年から共同開発者として参加した株式会社日立製作所の無線センサー技術により、環境データの取得とサーバへの通信が安定してできるようになったのが2013年。プロジェクトは次なるアプリケーション開発のフェーズへと移ることになる。

現在商用化されているe-kakashiのしくみは次のとおりだ。田畑に設置されたe-kakashiの子機(センサーノード)が土壌や空気中から取得した環境データは、親機(ゲートウェイ)を経由してクラウド上のデータベースサーバに送られ、分析される。その結果から得られる栽培支援に関する情報がアプリケーションに表示され、それをユーザーがPCやタブレット、スマートフォンなどで閲覧する。

2013年当時、外部のパートナー企業としてシステム設計を請け負っていた小杉康高氏に求められたのは、「カンタン」「手軽」「面白い」というコンセプトでアプリケーションを開発することだった。

「e-kakashiのユーザーが理解しやすく操作しやすいアプリケーションにすること。センサーの問題が改善されて計測できる情報が増えたうえ、その年には農学的な視点を持った戸上崇(第3回に登場)がプロジェクトメンバーに加わり、アプリケーションとして表現したいことはますます増えてきました。しかし、必要だからと言って細かな情報をたくさん表示させても、かえってわかりにくいユーザーインターフェースになってしまう。何度もラフをつくり直してはプロジェクトメンバーに提案し、『カンタン』『手軽』『面白い』の3つのコンセプトすべてを満たしているかどうか、毎回細かな検討がなされました」

画像: PSソリューションズ 小杉康高氏

PSソリューションズ 小杉康高氏

小杉氏は連日、Webデザイナーと意見の擦り合わせを行った。農学的な視点からの細部にわたる要望を満たしながら、だれもが容易に操作でき、なおかつわかりやすい画面を実現するのは容易ではなかった。打開のヒントになったのは、ある打ち合わせで出た坂井氏からの提案だった。

「“表示する環境データをアイコンで示したらどうか”と坂井から提案がありました。彼には“右脳で分かるデザイン”という表現への強いこだわりがありました。アイコンならそれを実現できると共感し、すぐ設計に取り掛かりました。出来上がったアプリケーションを、商用化前に各地のフィールド実証先の農業従事者の皆さまにご覧いただいたところ“わかりやすい”と大変好評でした。おかげで、だれもが直感的に使えるユーザーインターフェースができあがったという手応えをつかむことがありました」

画像: e-kakashiのアプリケーション画面。各種センサーデータがアイコンで表現されている。

e-kakashiのアプリケーション画面。各種センサーデータがアイコンで表現されている。

フィールド実証で手にした、もう1つの財産

全国各地におけるフィールド実証がe-kakashiプロジェクトにもたらしたものは、機器の安定稼働だけではない。坂井氏は京都府の与謝野町を例に、こんな話をしてくれた。

「与謝野町さまでフィールド実証をさせていただくことになったのは、今から5年ほど前にわれわれが出展した農業関係のイベントがきっかけでした。自然環境保全と栽培品質を両立する新しいコメの栽培や流通にITを活かしたいという構想を与謝野町の方々がお持ちだと伺いました。そこで、与謝野町さまに実証段階のe-kakashi利活用をご提案させていただきました」

与謝野町が農業へのITの活用を強く意識していた背景には、現地ならではの事情があった。

「与謝野町さまには観光地として著名な天橋立があるので、地元の方々は景観維持にとても関心が高いです。土壌や水質といった環境保全に取り組むために、与謝野町さまでは有機肥料による栽培を実践・検証しておられます。そうした独自の栽培下でも収量を保つ、技術を継承するといった課題を、IT・テクノロジーを使ってさらに解決できるよう取り組みを進化させておられます。

地域や農業界では過疎化・高齢化が進んでいます。わたしたちが考えたのは、栽培指導・技術を農業資産として継承するソリューションをつくることでした。49歳以下の新規就農者数は年間約2万人とのことです。一方で、定着するための独り立ちには時間がかかります。独り立ちの時間を少しでも短縮し、定着してもらうために、ITを活用する。そして、農業の技術継承を促進する。そうした中で、与謝野町さまでは優れた農業従事者や指導者さまたちの栽培法を体系化し、町全体で継承していくために、e-kakashiをご利用いただいております」

地域特有の、農業の課題。それは、現地に深く入り込まなければ見えてこなかったものだった。

「フィールド実証を通じて、日本各地におけるさまざまな農業現場の課題を理解することができました。まずは、与謝野町さまやこれまでお世話になった産地のように新規就農者や栽培指導に課題をお持ちのお客さまに、e-kakashiを用いた施策を積極的に提案していきたい。それが他の地域への普及にも繋がると信じています」

IoTで人々を幸せにする

2015年12月、e-kakashiはサービスインを迎えた。今後、坂井氏はどうやってe-kakashiを普及させていくのか。

「商用化以降、定期的に農業やIoT関連のイベントに出展しています。また、『e-kakashiを活用した営農指導支援セミナー』と題して、e-kakashiを栽培指導に活用するための説明会を開催しています。今のところ、イベントなどで名刺交換させていただいた方やパートナー企業さまからのお引き合いをメインにご提案をさせていただいています。そのほか、農業関係のメディアに取り上げていただくなど、効果的に皆さまの関心を集めるための施策を行っています。

現状では、イベントへの出展や説明会の開催を通じてご関心いただいたお客さまに提案しているケースが多いです。われわれだけではなく農業市場との営業網をお持ちの企業さまにパートナーとなっていただいて、パートナー企業さまのビジネスにも貢献する形で全国にe-kakashiを普及させていく方針です」

画像: 圃場に設置されたe-kakashi

圃場に設置されたe-kakashi

2008年のプロジェクト始動から国内での商用化まで、要した歳月は8年。e-kakashiという新たなビジネスの構築に邁進してきた坂井氏には、近頃、海外企業に対して感じていることが2つある。

「先日バルセロナで行われたMWC(Mobile World Congress:モバイル関連の世界的展示会)を訪問して、中国を中心とした他国の企業の勢い・ポテンシャルに改めて力を感じました。例えば中国だけでスマートフォンを展示している企業が数十社もありました。われわれがITでそういった海外企業に勝つには、ソリューション全体のクオリティ、あるいはネットワークやアプリケーションも含めたトータルでのクオリティを高める必要があると痛感しました。

一方で近年、インターネット企業やソフトウェア関連の世界的な大企業が農業分野へのアプローチを進めています。それに対して、われわれが栽培現場といった過酷な環境下でのフィールド実証によって培ったIoT技術のノウハウや、商用化以降さらに蓄積し続けている環境データ、栽培支援の知見といった情報は、簡単には手に入らないものです。それらがわれわれの強みであり、だからこそ、今後も農業分野に貢献するソリューションへ発展させていきたいと考えています」

パートナー企業としてずっとシステム設計を担当してきた小杉氏は、坂井氏に請われ、商用開発が始まる直前の2015年4月にPSソリューションズの一員となった。e-kakashiに懸ける思いを、小杉氏はこう語った。

「e-kakashiをお客さまにプレゼンする際、機器の品質・性能・デザインに対して高い評価をいただきますが、特に関心を持たれるのがアプリケーションの部分です。実際にデモをお見せする中で、“わかりやすい”“使ってみたい”と言っていただけることが、導入の一助になっていると感じます。これからの普及に向けては、例えば “e-kakashiを導入したことで、多くの農業従事者が定着しました”といった具体的な事例をつくる必要があります。そうすれば、新規就農者が定着しにくいといった課題にe-kakashiが貢献したという流れができ、ますます普及に繋がると思います」

e-kakashiの普及の先には、どんな農業の未来があるのか。最後に、坂井氏に聞いた。

「ソフトバンクグループには、『情報革命で人々を幸せに』というビジョン・経営理念がございます。われわれは、農業分野での情報革命により、一人でも多くの人の栽培現場に貢献していきたい。しかし、知れば知るほど栽培現場の課題にITができることは、まだまだ足りていないとも感じます。それでも、異常気象、高齢化、技術継承といった複雑な課題を持つ農業分野にIoTで貢献したい。e-kakashiによって、日本の農業資産を継承していくための後押しをしてまいります」

次回、最終回。e-kakashiを実際に導入しているユーザーの声として、株式会社マイファーム 代表取締役の西辻一真氏に話を聞く。

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