IoT(Internet of Things)でこれまでの農作物づくりを変える、農業IoTソリューション「e-kakashi」(イーカカシ)。その製品化に向けて、越えなければいけなかった技術の壁とは何か。第2回では、PSソリューションズ株式会社とともに製品開発に携わった二人の技術者、株式会社日立製作所の田崎和人と深代康之に話を聞いた。

田崎和人(たさきかずと)
1970年、福島県生まれ。日本大学工学部電気工学科卒。1992年、株式会社日立テレコムテクノロジーに入社。2009年、株式会社日立製作所 情報・通信システム社 通信ネットワーク事業部に転属し、交換機や画像伝送装置、ホームゲートウェイのハードウェア設計・製品化に携わる。現在、株式会社日立製作所 情報・通信システム社 ITプラットフォーム事業本部IoTビジネス推進統括本部にて、M2M製品の開発に従事。

深代康之(ふかしろやすゆき)
1967年、群馬県生まれ。東北大学理学部物理学科卒、同大学院理学研究科原子核理学修士課程修了。1992年、株式会社日立製作所に入社し、同社の中央研究所に配属。1995年、情報通信事業部に配属され、国内向けおよび海外向け光伝送システムの研究開発・製品化に携わる。現在、株式会社日立製作所 情報・通信システム社 ITプラットフォーム事業本部IoTビジネス推進統括本部にて、品質保証業務を担当。

経験不問、IoT農業。第1回:田畑に革命を起こす >

強くて美しいハードウェア

2008年、PSソリューションズ株式会社の山口典男氏を中心に始まったe-kakashiプロジェクト。その後2世代の試作機を自社で設計・開発したプロジェクトチームは、2010年から株式会社日立製作所と手を組み、製品化に向けた共同開発を推し進めた。実用化まであと一歩という段階を迎えた2015年の3月、チームに合流したのが日立の田崎和人だった。通信機器のハードウェアの設計・開発に20年以上携わってきた、ベテラン技術者だ。

「これまでわたしは、通信事業者さま向けの交換機という機器の設計・開発を経験したあと、家庭用の通信機器であるホームゲートウェイの設計・開発に携わってきました。e-kakashiのような、24時間屋外に設置する機器を扱った経験はほとんどなかったので、これは厳しい案件になるだろうなとは思っていました。その反面、PSソリューションズさまのようなエンドユーザーに近いビジネスをされているお客さまとのお仕事は初めてだったので、とても新鮮でした」

画像: 日立製作所 田崎和人

日立製作所 田崎和人

田崎が初めて参加した打ち合わせの席でPSソリューションズから受けたオーダーは、「e-kakashiを量産可能にすること」だった。

「もともとお客さまのご要望としてあったのが、場所を選ばずに使えること、そして、電池を入れてから3年間メンテナンス無しで使い続けられることでした。屋外で農業に使用されるものですから、当然、雨風に耐えられるような設計にしなければなりません。同時に、デザイン面も重視したいという声もありました。それらをすべて満たした上で、量産できる仕様とする必要がありました」

e-kakashiは、田崎がそれまで設計してきた産業用の機器とは異なり、通信機器の扱いに慣れていない農業従事者に使ってもらうもの。そのためPSソリューションズはユーザーの使い勝手を考慮し、実機のデザインにもこだわってきた。しかし、設計という視点に立ったとき、機能とデザインの両立という壁は決して低くはなかった。

「実機のサイズは、縦横が19.6cm、厚さが6.8cm。特に厚さについては、“ユーザーが片手でも持ち運びできるように”と、お客さまがとてもこだわられていた点でした。それを実現するために、実機の内部構造をどうするかで試行錯誤しました。

センサーで計測したデータを無線で通信するために、基板の周囲にいくつかアンテナを配置しています。この位置関係が重要なんです。アンテナ近くに他の部品があると通信に影響してしまい、センサーで計測したデータが短距離しか飛ばなくなってしまうんです」

田畑に設置して使用されるe-kakashiの実機には、親機と子機の2種類がある。センサーで土壌や空気からデータを取得する“センサーノード”が子機。そのデータを収集し、携帯電話回線を使ってクラウド上のデータベースサーバに送るのが“ゲートウェイ”、すなわち親機だ。周囲の環境にもよるが、親機と子機は、見通し距離*で最大1km通信できる。それを実現するために、アンテナの配置問題は避けて通れない道だった。

「子機はリチウム電池でも動くので、電池を入れるスペースも考慮しなければいけないですし、当然熱の影響を考えた構造にしなければならない。部品の配置をいろいろと試しては、屋外での使用に耐えられるかさまざまな試験で確認する、その繰り返しでした」

e-kakashiに求められる高い品質を確保するために、試験は欠かせない工程だ。田崎とは別の角度から絶えず厳しいチェックの目を光らせたのが、日立で品質保証業務を担当する深代康之だった。

*電波に影響を与える障害物が周囲に無い場所での距離

譲れなかった確かな品質

深代も、20年以上のキャリアを持つベテラン技術者だ。

「わたしも、もともとは通信機器の設計・開発を担当していました。通信機器には、かつて田崎が携わっていた“交換”のほかに “伝送”、“端末”という分野があります。わたしは伝送分野のハードウェアやシステムの開発を経験してきました。数年前から、端末機器の品質保証業務を担当しています」

画像: 日立製作所 深代康之

日立製作所 深代康之

エンドユーザーにはなじみの薄い、品質保証という仕事。具体的にはどんなことが行われているのか。

「製品化に至る工程は、開発と製造の大きく2段階に分かれています。開発段階では、その製品がコンセプトに合った仕様になっているか、それを満たすための設計がなされているか、さらに、試作機が設計どおりに作動するかを見ます。次の製造段階では、開発された物が問題なく量産できるかチェックします」

そして臨んだe-kakashiの品質保証。屋外で24時間問題なく作動する品質を裏づけるため、深代はさまざまな試験項目のクリアを要求した。

「どんな試験を行えばe-kakashiの品質を保証できるか、設計チームのメンバーとともに何度も議論・検討し、最終的には数千項目もの試験を実施してもらいました。製品全体としての機能や性能面での試験に加え、例えば、雨天でもしっかり作動するかチェックするために実機に水を噴射する試験があるんですが、どのくらいの距離や方向から何分間、どのくらいの水圧でかけるか条件を設定して、いろいろなパターンを試してもらいました。その他に、ほこりやちりが舞う状況や振動がある状況でも問題なく作動するか、気温の変化や直射日光にも耐えられるかなどですね。日本国内のさまざまな地域で問題なく使えるようにするために、とにかく考えうる限りの負荷をかける必要がありました」

設計チームによる各種試験の結果をもとに、品質保証チームが改善すべき点を洗い出す。設計チームがその指摘に真摯に応えることで、まさに二人三脚で製品がブラッシュアップされていく。田崎、深代とも、技術者として豊富な経験とノウハウを持つだけに、議論は毎回2時間を優に超えるほど白熱した。田崎が忘れられないと振り返る深代の言葉が、そのやりとりの厳しさを物語っていた。

「“出荷していいですよ”って言われた時が、一番印象に残っていますね。それまで試験にかかった時間を合計すると、延べ何カ月という期間になります。ひとつ問題が起きる度に、深代からは、その原因をもっと深掘りして同じような問題が起こる可能性がないか徹底的に検討するよう言われました。設計チームで何度も問題を洗い出して、“これでもう問題点はない”って言えるところまでたどり着くのが大変でした。すべての試験項目をクリアしないと、品質保証部門から最後のゴーサインが出ないですからね。だから、出荷のOKが出た時は心底ホッとしました(笑)」

画像: 譲れなかった確かな品質

問題点を払拭するために、製品化の前の段階で仕様を徹底的に詰める。そこには、日立の品質保証部門ならではの文化があると深代は感じている。

「日立のビジネスは幅広い分野を対象にしている上、品質保証部門の横の繋がりがとても強い。おかげで、過去に他の製品でチェックを進める中でこんな確認漏れがあったとか、こんな失敗があったという経験を、e-kakashiでも活かすことができました。わたしも数年前までは設計・開発の部門にいて、品質保証の人たちは本当に細かいなと思っていました(笑) でも実際に品質保証部門の立場に立ってみて、設計からは見えない部分でさまざまな角度から検証をしているんだなと実感しました」

こうして数々の厳正な試験をクリアしたe-kakashiは、満を持して商用化を迎えた。

農業の課題解決に、IT技術者ができること

それから数カ月後の2016年2月、プロジェクトメンバーのもとに嬉しいニュースが舞い込んできた。ドイツ・ハノーバー工業デザイン協会(Industry Forum Design Hannover)が主催する「iF DESIGN AWARD 2016」のプロダクト分野において、e-kakashiが選出。PSソリューションズと、プロダクトデザイン事務所の株式会社 DESIGNANNEX、そして日立の連名での受賞となった。工業デザインの振興を目的に設立されたiF DESIGN AWARDは、60年以上の歴史を持つ世界的に権威のあるデザイン賞だ。今回は53の国と地域から、5,295点ものエントリーがあった。受賞の知らせを受けて、田崎はこう喜びを語る。

「デザインに関しては、3カ月にわたってお客さまと議論を重ねました。例えばロゴひとつ決めるにも、デザイン会社から何通りもの案をお出しいただいて、綿密に検討しました。材質選びでは、過去に携わった通信機器のハードウェア設計の経験も反映させていただき、表面に曲線や微妙な凹凸を付けて手ざわりをよくしました。結果としてこういった素晴らしい賞をいただけたのは、それだけデザインにかけるPSソリューションズさまのこだわりが凄かったということだと思います。インパクトのある製品の設計に関わることができて、技術者としてとても光栄です」

画像: iF DESIGN AWARD 2016を受賞したe-kakashiの実機。左から、子機(センサーノード)、親機(ゲートウェイ)。

iF DESIGN AWARD 2016を受賞したe-kakashiの実機。左から、子機(センサーノード)、親機(ゲートウェイ)。

日本の農業、そしてゆくゆくは世界の農業の課題解決への貢献が期待されるe-kakashi。技術者に求められることは今後ますます増えると深代は信じている。

「地球規模の環境の変化によって、農業が抱える課題もどんどん変わっていくと思うんです。その解決のために我々技術者ができることは、今まで農業に使われてこなかったテクノロジーを活かして、農業従事者の方が困っていることへのタイムリーな対処を可能にすることではないでしょうか。そういった時に生じてくる、製品の設計や品質の面での問題を一つひとつクリアしていきたいと考えています」

一方で田崎も、今回e-kakashiの設計に携わったことで、IoTの可能性を改めて感じていた。

「近年IoTというキーワードが叫ばれている中で、わたしたちはいろいろな装置をつくったり、新たなITソリューションを考えたりしています。今まで使われてこなかったデータや、今まで気にしていなかった事象を人の目に見えるようにすることで、技術的な面から農業の発展を少しでもお手伝いできたらと思います」

e-kakashiの今後の展開に向けても、田崎の心の準備はすでにできている。

「e-kakashiには、実はもっと機能を追加できる余地があるんです。これからどんどん変わっていく農業のニーズに技術者としてどう応えていくか、とても楽しみです」

第3回では、e-kakashiの肝であるアプリケーション「ekレシピ」を開発したPSソリューションズ株式会社の戸上崇氏に、農学のプロとして農業IoTにかける思いを聞く。


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