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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏/フランス文学者・書評家 鹿島茂氏
今年3月、鹿島茂氏は「考えること」そのものについて考察した著書『思考の技術論』を上梓した。読書を通じた「思考の技術」の鍛え方について、楠木氏と鹿島氏が論じる。

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「第4回:思考の技術。」

※本記事は、2023年5月31日時点で書かれた内容となっています。

「思考の技術」こそ教育が必要

楠木
鹿島さんは今年3月にご著書『思考の技術論』を上梓されました。思考するとはどういうことなのかを解説した、これまでありそうでなかった本です。ありがたいことに僕の『ストーリーとしての競争戦略』もその本の中で取り上げていただいています。

画像: 「思考の技術」こそ教育が必要

鹿島さんは、思考力を鍛える上での読書の価値や効用についてはどうお考えですか。

鹿島
読書というものは、1冊読んだだけでは価値を生みません。何冊も何冊も読み重ねることによって初めて価値が生まれる。その1つが、抽象化された概念です。たくさんの本に共通する法則が、たくさん読むことによって見えてくるのです。

楠木
例えば――ある女性と付き合ったが、どうも上手く行かなった。次に別の女性と付き合ったけれど、なんか駄目だった。失敗を重ねていくことで、「どうもこの手の女性は自分には合わないな」と抽象化できるようになる。そうなるためには、1人の女性だけと付き合っていたら駄目。読書も一緒だと。

画像: 一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏

一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏

鹿島
抽象化に至るまでは時間がかかります。あまりに時間がかかり過ぎるとさすがに非効率です。その期間をある程度短縮するのが、教育です。

プールで子どもたちを自由に泳がせたら、中には上手い泳ぎ方を発明する子もいるでしょうが、それができない子もいる。上手な泳ぎ方を抽象化して一般的な法則として教えれば、みんなが効率的に泳法を身につけることができます。教育とは本来そういうものなのです。基本中の基本をまずは教える。で、あとは自由にやらせる。

ところが日本には、「考える」という技術を教える授業がないのです。

楠木
あらゆる知的活動にとって基本中の基本なのに。

デカルトの4原則

鹿島
ヨーロッパにおける「思考の技術」の教育の歴史を紐解くと、古代ギリシャの時代にさかのぼります。アリストテレスがありとあらゆる物事を法則化しようとして、その中で思考の方法を考えつきました。つまり、思考という作業を単純なルールに落とし込もうとしたのです。それがのちにキリスト教神学と結び付いたことで、「すべての森羅万象は神がつくった」という大前提の上での思考に限定されていきます。これが、ヨーロッパで発達した旧論理学――形式論理学です。

この考え方に対して「そうじゃない」と言い出した人が、かのデカルトです。

デカルトは、公然とではありませんが、こう指摘しました。――旧論理学の大前提「すべての森羅万象は神がつくった」がそもそも正しいか否かを、疑う必要がある。前提を含めた上で考えることこそ「思考の技術」である――これを論じた『方法序説』は、近代以降におけるヨーロッパの「思考の技術」の基本となっています。

画像: フランス文学者・書評家 鹿島茂氏

フランス文学者・書評家 鹿島茂氏

デカルトは、思考における4原則を唱えています。1つ目が、「すべてを疑おう」。2つ目が、「分けて考えよう」。どんな難しい問題でも、要素に分ければ簡単に解ける。3つ目が「単純から複雑へ」。問題をいったん分けて最小単位が見つかったら、単純で認識しやすい対象から考え始め、そこから少しずつ階段を昇るようにさかのぼって、より複雑な対象、つまり問題の全体について考える。そして4つ目が「見落としの可能性を列挙しよう」。つまり、問題点を挙げて最終的なチェックを行う。

このデカルトの4原則をもとに、思考のツールとしての技術とは何なのかを考えてみる。そんな意図で書いた本が『思考の技術論』です。

楠木
『思考の技術論』は『方法序説』の解説という面もあるのですが、デカルトの4原則を使って、今の世の中で起きている現象や本について思考している。やっぱり原則が簡潔で優れているだけに、読んでいて非常に面白い。

鹿島
「デカルトの言っていることって本当?」という思いもあったのですが、実際にいろいろな思考に応用してみると、結構当たっているのです。

画像1: デカルトの4原則

楠木
デカルトの第2原則「分けて考えよう」は非常に重要な技術であると同時に、「分け方」そのものにこそ、その人の思考のセンスなり力なりが表れると僕は思うんです。ところが自然科学の世界では、それがあまり強調されていない。自然現象の場合、「分け方」というものはかなり自明で、かつ、相当強いコンセンサスが形成されているからです。一方で社会現象の場合、「分け方」はその人の思考に左右される。人とは違う「分け方」をしたときに、新しい価値が生まれたり、一気にイノベーションの議論が進んだりする。

鹿島
ご指摘のとおりです。『思考の技術論』には、反デカルトの立場としてコンディヤック(※)という哲学者が登場します。この人は、「分けて考えることは確かに大事だけど、そもそもどうやって分けるのかを、考えるべきだ」という意見を表明します。

※ エティエンヌ・ボノ・ドゥ・コンディヤック(1714年~1780年)。フランスの哲学者。

学問において研究論文を発表する際に、「先行研究と同じことを言ってはいけない」という暗黙のルールがあります。そうでないと、価値がない研究ということになるからです。新しいことを言うためには、先行研究とは違う「分け方」を採り入れる必要がある。商業についてもまったく同じことが言えます。新しい儲け方を生み出すには、既存の商売とは違う「分け方」をしないといけない。

楠木
そういう意味ではこのPASSAGEも、「それぞれの棚主による共同書店」という新たな「分け方」を書店業界にもたらしたと言えます。

画像2: デカルトの4原則

疑って読む

楠木
本の読み方に関して言うと、デカルトの第1原則の「すべてを疑う」視点で、「本当にそうなのかな……」と懐疑的に読み進める。これが「思考の技術」を鍛えることになる。文学作品は別ですが。

単に知識量を増やす目的で本を読むと、本に書いてある知識が自分の脳にコピーされるだけ。これはこれで大切なことですが、なかなか思考にはつながらない。やはり、批評的な眼で本を読む訓練が必要だと思います。

鹿島
例えば、古典を批判的に読んでみる。そこに書かれているロジックを否定してみる。『思考の技術論』でも触れていますが、実は否定って、すごく複雑な思考をともなう作業なんです。否定すること自体が、その本に書かれている問題点をチェックしている――つまり、第4原則の「見落としの可能性を列挙する」の実践になるのです。

楠木
まずは『方法序説』を否定的に読んでいく、なんていいですよね。読みやすい訳も出ていますし。この本を書いた人は、対象としている問題をどのように分けているのか――そんなことを意識しながら読むのも、思考の訓練としてはいいですよね。

鹿島
「分け方」の点で言うと、漫画家でエッセイストのみうらじゅんさんは非常に優れています。「ゆるキャラ」の発明にしても、仏像を宗教や美術とは違う観点から鑑賞した『見仏記』にしても、それまでなかった「分け方」ですから。

楠木
とんでもない「分け方イノベーター」ですよね。しかもそれが、多くの人の共感を呼んでいる。

ということで、今回は鹿島茂さんにお話を伺いました。読書が好きな方も、これから読書に力を入れていきたいという方も、ぜひ一度このPASSAGEに足を運んでいただき、お気に入りの棚主を見つけていただきたいと思います。鹿島さん、ありがとうございました。

鹿島
こちらこそ、お越しいただきありがとうございました。

画像: 疑って読む

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画像1: 対談 楠木建×鹿島茂 読書と思考―その4
思考の技術。

鹿島 茂(かしま しげる)
1949年、横浜市生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。元・明治大学国際日本学部教授。専門は19世紀フランスの社会生活と文学。1991年『馬車が買いたい!』(白水社)でサントリー学芸賞、1996年『子供より古書が大事と思いたい』(青土社)で講談社エッセイ賞、1999年『愛書狂』(平凡社)でゲスナー賞、2000年『職業別パリ風俗』(白水社)で読売文学賞、2004年『成功する読書日記』(文藝春秋)で毎日書評賞を受賞。近著に『神田神保町書肆街考』(筑摩書房)、『この1冊、ここまで読むか!』『多様性の時代を生きるための哲学』(ともに祥伝社)など

画像2: 対談 楠木建×鹿島茂 読書と思考―その4
思考の技術。

楠木 建(くすのき けん)
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

PASSAGE by ALL REVIEWS(東京都千代田区・神保町)

PASSAGE

今回取材にご協力いただいたPASSAGE(パサージュ)は、地下鉄神保町駅のA7出口から徒歩1分、すずらん通りという古書街にある共同書店。店内の本棚には、300を超える「棚主」が思い思いにセレクトした古書や新刊が並ぶ。プロデュースした鹿島茂氏が主宰する書評アーカイブサイト「ALL REVIEWS」に登録している書評家をはじめ、出版社、特定のジャンルの古書を集めている個人など、棚主は実にさまざまだ。まずは、棚ごとにコンセプトが異なる店内をじっくりと見て回り、お気に入りの棚主を見つけてほしい。ちなみに、古書の価格設定もそれぞれの棚主が自由に行っている。お支払いはキャッシュレス決済(電子マネー、クレジットカード)のみ対応なのでご注意を。購入した本は、同じビルの3階にあるカフェ「PASSAGE bis!」に持ち込んでお読みいただくことも可能だ。古本の街に現れた新しいスタイルの書店、PASSAGE。ここに来れば、あなたが予期しなかった本との出会いがあるかもしれない。

画像3: 対談 楠木建×鹿島茂 読書と思考―その4
思考の技術。

PASSAGE by ALL REVIEWS
東京都千代田区神田神保町1-15−3 サンサイド神保町ビル1F
都営地下鉄三田線・新宿線、東京メトロ半蔵門線の神保町駅 A7出口徒歩1分

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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