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一橋ビジネススクール 楠木建氏/株式会社経営共創基盤 IGPIグループ 冨山和彦氏/Sozo Ventures 中村幸一郎氏
2023年4月25日、(社)日本取締役協会は「我が国のベンチャー・エコシステムの高度化に向けた提言」を発表した。長年スタートアップの重要性が叫ばれてきた日本だが、経済成長に大きなインパクトを与える企業が持続的に生み出される土壌は、いまだに整っていない。EFOでは、提言をまとめた一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏、株式会社経営共創基盤 IGPIグループ会長の冨山和彦氏、Sozo Ventures 共同創業者/マネージングディレクターの中村幸一郎氏を招き、「緊急オンライン鼎談『なぜ、日本ではスタートアップが育たないのか?』~2つの誤解と解決策~」と題した公開取材を5月24日に配信。その内容を5回にわたって掲載する。

「第1回:リスクテイクとエコシステムの誤解」
「第2回:『グローバルのベンチャー・エコシステム』とは」はこちら>
「第3回:北欧の奇跡」はこちら>
「第4回:グローバルから見た、日本のガバナンス問題」はこちら>
「第5回:アートで発想し、サイエンスで起業する」はこちら>

スタートアップの“数”は増えた

楠木
楠木建と申します。僕が参画している日本取締役協会のスタートアップ委員会が、先日「我が国のベンチャー・エコシステムの高度化に向けた提言」というレポートを発表しました。今日は、委員長で経営共創基盤 IGPIグループ会長の冨山和彦さん、委員会メンバーでSozo Ventures 共同創業者/マネージングディレクターの中村幸一郎さんとの鼎談をお送りします。

冨山
冨山和彦と申します。かつて産業再生機構で大企業の経営支援に携わった経験から企業再生の専門家と思われがちですが、実は約25年前から、日本のスタートアップの経営支援に携わってきました。2019年にはNordicNinja(※)というベンチャーキャピタル(以下、VC)をフィンランドに立ち上げました。

※ 北欧・バルト地域のスタートアップを対象としたVC。国際協力銀行(JBIC)と経営共創基盤(IGPI)による合弁企業、JBIC IG Partnersが設立した。

中村
中村幸一郎と申します。インターネットベンチャーの草創期だった学生時代にYahoo! JAPANの立ち上げに関わったあと、三菱商事を経てシカゴ大学のビジネススクールに留学し、2007年から2年間、カウフマン・フェローズ・プログラム(※)に参加しました。その代表を務めていたフィル・ウィックハムさんと共同で、2009年、アメリカのシリコンバレーにSozo VenturesというVCを創業しました。

※ Kauffman Fellows Program:アメリカのシリコンバレーに本拠を置く非営利団体による、体系化された、ベンチャーキャピタリストの次世代育成プログラム。

画像1: スタートアップの“数”は増えた

楠木
なぜ日本ではスタートアップが育たないのか――もう何十年もずっと同じことが問題視されている。ということは、おそらく問題の本質を見誤っているということです。本当の問題はどこにあるとお考えですか。

冨山
スタートアップの“数”は、かなり増えました。ところが海外では、伝統的な大企業に比肩する、あるいはそれに取って代わるスタートアップがどんどん生まれ、マクロ経済成長を牽引している。なぜ、日本ではそういうスタートアップがほとんど育っていないのか。これが、提言をまとめるに至った問題意識です。

根本にある要因は、日本のスタートアップ・エコシステムがローン文化を引きずっていることです。「お金を貸します。必ず元本を返してください」という文化がベースにあり、そこから抜け出せていない。

一番顕著に表れているものが、投資家がスタートアップ企業と出資契約を交わす際の雛形契約書です。多くの場合、「とにかく1日も早くIPO(新規上場)しなさい。できなかったら自分で自社株を買い取りなさい」と書いてある。ローンと一緒です。つまり、金融機関やVCは本質的なリスクを取らない。取りたがらない。結果、起業家がリスクを取っている。

本来、逆のはずですが、この慣習がネットベンチャーブームとは相性が良かったのです。できるだけ少ない資金で事業を始め、アプリを開発し、IPOする――。多くのネットベンチャーが成功したので、一見、日本も起業が盛んなように見える。ここに、わたしは危機感を覚えています。

画像2: スタートアップの“数”は増えた

Sozo Venturesが日本のスタートアップに投資しない理由

中村
わたし自身よく聞かれるのが、「Sozo Venturesはなぜ日本のスタートアップに投資しないんですか?」と。そもそも制度的な理由などから大きく2つの欠陥があり、検討に挙げられないケースがほとんどなのです。

1つは、冨山さんからもご指摘のあった日本独自の契約条項です。海外のVCからすると、馴染みのない契約条項を押し付けられている企業に「何か瑕疵があるのでは?」という印象を持ちます。見たことのない契約内容の投資はしたがらないのです。

もう1つは、継続投資しているVCが少ないことです。スタートアップ投資においては、より前のラウンド(※)で投資したVCが投資先企業の状況に一番詳しい。ですから、そのVCが継続的に評価している企業に、ほかのVCも投資しようとします。一方で日本では、特定の企業に対して責任を持って投資し続けるVCが非常に少ない。ほとんどのスタートアップが単発的な投資ばかり受けています。長期的投資を常識としている海外のVCの目には、「投資家に見切られた、非常に評価が低い投資案件」と映ってしまう。日本のVCがきちんと継続投資して「この企業は信頼するに足る」と示さない限り、海外のVCからの投資は得られにくいのです。

※ 株式を新規に発行し、VCなどの投資家に売却して資金を調達すること。通常は1~2年ごとに設けられる。

画像: Sozo Venturesが日本のスタートアップに投資しない理由

グローバルのベンチャー・エコシステムへ

楠木
我々の問題意識を可視化したのが、下の三角形の図です。横軸がスタートアップの数、縦軸が規模を示しています。

画像1: グローバルのベンチャー・エコシステムへ

スタートアップの数は確かに増えました。それと並行して、起業家にはこんなパブリックイメージが付きました。――彼らは既存の体制を破壊する、停滞した日本をぶち壊してくれる存在だ。とにかく独自。リスクを取る。破天荒――。で、どんな事業をしているかというと、アプリをつくって「ダウンロードしてください」とプロモーションをやっている。

スケールしない・する気がないスタートアップが多いのが問題です。起業家は確かに情熱や構想のもとに事業を起こしますが、成長に向けてリスクを取るのは、投資家です。何から何まで独自でローカルなスタイルの経営では海外の投資家から理解されず、グローバルの土俵に上がれません。世界にはすでにベンチャー・エコシステムがある。そこにきちんと乗らないと話になりません。

画像2: グローバルのベンチャー・エコシステムへ

冨山
かつて海外のVCは個人商店のような趣でしたが、今では非常に優秀な投資のプロフェッショナルで組織され、極めてシステマティックなエコシステムがグローバルレイヤーに出来上がっています。博士号取得が当たり前という、知的レベルの高い起業家がどんどんスタートアップを立ち上げ、100~200億円という規模の資金を調達し、メガベンチャーに成長しています。

残念ながら日本のスタートアップはまだ、グローバルのベンチャー・エコシステムにつながっていません。昔ながらの個人商店的VCが目利きして、「よし、きみたち頑張れ!」という根性論のノリで投資している。これが実態です。

しかし近年、数学オリンピック金メダル級の能力を持つ若い人たちが日本でもどんどん起業するようになってきました。自分が開発した技術やプログラムで世界を変えたい――そう考えている彼らには、グローバルのベンチャー・エコシステムのほうがきっと相性がいい。

彼らがそこに乗れるための道筋をつくってあげるべきです。起業している時点で彼らはすでに、人生のかなりの時間を事業に懸けている。そこに、冒頭でお話ししたような財務的リスクを負わせてはいけない。リスクは本来、投資家が取るべきなのです。(第2回へつづく)

一般社団法人日本取締役協会による提言書
「我が国のベンチャー・エコシステムの高度化に向けた提言」

「第2回:『グローバルのベンチャー・エコシステム』とは」はこちら>

画像1: なぜ、日本ではスタートアップが育たないのか?
【第1回】リスクテイクとエコシステムの誤解

楠木 建(くすのき けん)
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授
専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。 著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

画像2: なぜ、日本ではスタートアップが育たないのか?
【第1回】リスクテイクとエコシステムの誤解

冨山 和彦(とやま かずひこ)
株式会社経営共創基盤 IGPIグループ会長
株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役社長
ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年 産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、2007年 経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年10月よりIGPIグループ会長。同年、日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立し代表取締役社長に就任。パナソニック社外取締役。経済同友会政策審議会委員長、日本取締役協会会長。内閣府税制調査会特別委員、金融庁スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議委員、国土交通省インフラメンテナンス国民会議会長、内閣官房新しい資本主義実現会議有識者構成員ほか、政府関連委員多数。主著に『コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える』『コロナショック・サバイバル 日本経済復興計画』(ともに文藝春秋)、『「不連続な変化の時代」を生き抜く リーダーの「挫折力」』『なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略』(ともにPHP研究所)ほか。東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。

画像3: なぜ、日本ではスタートアップが育たないのか?
【第1回】リスクテイクとエコシステムの誤解

中村 幸一郎(なかむら こういちろう)
Sozo Ventures 共同創業者/マネージングディレクター
大学在学中、日本のヤフー創業に孫泰蔵氏とともに関わる。その後、三菱商事で通信キャリアや投資の事業に従事し、インキュベーション・ファンドの事業などを担当した。米国のベンチャー・キャピタリスト育成機関であるカウフマン・フェローズ・プログラムを2009年に首席で修了(ジェフティモンズ賞受賞)。同年にSozo Venturesを創業した。ベンチャー・キャピタリストのグローバル・ランキングであるマイダス・リスト100の2021年版に日本人として初めてランクインし(72位)、2022年(63位)、2023年(55位)と3年連続で順位を上げた。シカゴ大学起業家教育センター(Polsky Center for Entrepreneurship and Innovation)のアドバイザー(Council Member)、東京工業大学 経営協議会委員。早稲田大学法学部卒、シカゴ大学MBA修了。著書に『スタートアップ投資のセオリー 米国のベンチャー・キャピタリストは何を見ているのか』(ダイヤモンド社)。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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