Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
一橋ビジネススクール教授の職を辞し、同校の特任教授となった楠木建氏。これから、どんな仕事に注力していくのか。

「第1回:4速へのギアチェンジ。」はこちら>
「第2回:水揚げ。」はこちら>
「第3回:2度目のディープインパクト。」はこちら>
「第4回:競馬で言う『脚が残っている』感覚。」

※本記事は、2023年4月4日時点で書かれた内容となっています。

黒い巨塔作戦が完了し、僕が一橋大学に持っていた研究室はなくなります。いよいよ文字どおりのホームオフィス生活です。コロナ騒動になって、大学の研究室でやっていることと家でやっていることがほとんど変わらなくなったことも、大学を辞めるきっかけの1つでした。ミーティングなどで人と会うときは、シェアオフィスでやればいい。研究費は一切なし。スタッフもいないのですが、僕のやっていることは家内制手仕事なので特に問題ありません。

これからはもう、教授会とか委員会、会議、大学を代表した外交的な仕事、それから人事、採用、評価、教務管理、ありとあらゆる管理業務をやらなくていい。これが本当にうれしい。その分、自分の時間ができます。

「何か新しいことに挑戦するんですか?」と聞かれるのですが、そんなつもりはさらさらありません。余の辞書に挑戦の文字はない――単純に、仕事の種目が減るだけです。種目が減れば一つひとつの活動により深く時間をかけることができます。フォーカスは戦略の基本です。自分の本領の仕事にさらにフォーカスしていきたいと思っています。

仕事生活を競馬にたとえると、第4コーナーをすでに回って最後の直線に入ったところです。中山競馬場だと最後の直線は310メートルしかないですが、僕が走っているのは府中の東京競馬場。最後の直線が529.5メートルと結構長めです。その先にうっすらゴール板が見えてきたなという感じがするんです。

振り返ってみると、つくづく人間には「できること」と「できないこと」がある。最後の直線に入っても、結局僕はこの程度にしかならなかったんですが、それはもう仕方ない。今は「どこからでも来い」という感じです。だからと言ってスパートはかけない。競馬で言う「持ったまま」、つまり馬にムチを入れない。まだまだ十分、脚が残っている感覚があります。なぜなら、今まであまり全力を尽くしてこなかったから。

これが僕の最大の欠点です、全力疾走ができない。なんとか克服したかったんですが、持って生まれた気性なのでなんともなりませんでした。おかげでまだまだ、脚が残っている。

僕は特任教授としての契約を5年間継続できたらと考えています。その5年の間に、2つくらいはまとまった仕事をやりたい。

1つは『ストーリーとしての競争戦略』の続編です。この本の核にある論理は、一見して非合理な活動が、戦略のストーリー全体の中で合理性に転化していくというものです。この論理を掘り下げて『ストーリーとしての競争戦略2』みたいな形で本を出したいなと昔から思っていまして、準備を進めています。先日、たまたま東洋経済の僕の担当の編集者の方に会いました。「続編はいつ出すんですか」と聞かれ、「機が熟したとき」と答えておきました。

もう1つ、競争戦略について書きたい本があります。この20年間で特にインパクトがあった競争戦略のロジックに、ブルー・オーシャン戦略があります。レッド・オーシャンと対比することで市場を再定義するという斬新な試みで、提唱者のW・チャン・キムさんが書いた『ブルー・オーシャン戦略』は、経営の実務をやっている人に相当なインパクトを与えました。これよりも(主観的には)しびれるロジックが僕の中にありまして、それを本にしたいなと考えています。

この2冊を書けば、僕が考える競争戦略の三部作が出来上がります。2冊とも書き上げるには、どんなに短くても5年くらいかかる。さらに脚が残っていれば、最後の最後に「分業概念の再定義」という大きなテーマについても書きたいと思っています。これは30歳頃からずっと考えてきたテーマです。いくつか論文を発表したこともあるんですが、テーマが大きすぎて若い頃の僕には手に負えなかった。ならば、最後の仕事に取っておこう――それから30年近く経ちました。今から10年後くらいにそういう本を書けたらと考えていますが、なにぶん根性がないのでできるかどうかわかりません。

競争戦略以外にも、僕が大好きな書評や、競争戦略についての思考から派生する仕事論の執筆などはこれからも続けていきます。もちろんこの「EFOビジネスレビュー」もやめろと言われるまで続けていきます。今後ともご贔屓にお願いいたします。

「第1回:4速へのギアチェンジ。」はこちら>
「第2回:水揚げ。」はこちら>
「第3回:2度目のディープインパクト。」はこちら>
「第4回:競馬で言う『脚が残っている』感覚。」

画像: 黒い巨塔―その4
競馬で言う「脚が残っている」感覚。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

This article is a sponsored article by
''.