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負けから始まるM&Aを成功に導くために

ーー日本企業のM&A成功率が低いのは、買いのM&Aばかりだからというお話がありました。日本企業の買い手側M&Aの成功の条件をどのように考えていらっしゃいますか?

服部
私は、成功のためには5つの条件があると思っています(詳しくは、服部暢達『日本のM&A 理論と事例研究』参照)。まず、第1回でも申し上げたように、①「買いのM&Aは負けから始める投資であることを理解する」のがもっとも大事です。

画像: 負けから始まるM&Aを成功に導くために

100万円で投資信託を買おうかと銀行を訪ねて、「2%の販売手数料と2%の年間運用手数料を差し引くため、1年後には96万円になる負けから始まる投資です」などと紹介されて、ぜひ投資したいと思う人はいないでしょう。自分のお金なら、4%の負けですら躊躇する。ところがM&Aでは通常40%くらいの負けからスタートします。こんな恐ろしいことはありません。だから買いのM&Aというのは、よほど慎重に検討しなければならないのです。

なお、高値づかみをしないためにも、買収プレミアムの算出は慎重に行う必要があります。詳しい説明は省きますが、「新たな経営者が支配権を獲得して、従来とは異なる新たな経営方針で経営する場合に予想されるキャッシュフローの現在価値総和」より安くなければ、買う意味がありません。そのうえで売り手と買い手で合意した値が、M&A取引価値となる。したがって、対象企業が上場企業の場合は、市場価値(時価総額)とM&A取引価値の差が、買収プレミアムということになります。

100億円の会社を40%の買収プレミアムの140億円で買った場合、自分が経営すれば170億円にできる自信があるのなら、買うべきでしょう。しかし、売り手が165億円以上でしか売らないと言うのであれば、うまくいっても5億円しか儲かりません。その場合は潔く身を引くことも肝要です。

具体的なアクションプランを描くべし

服部
このように、支払ったプレミアムを大きく上回る価値を実現するためには、経営に大変革を短期間でもたらさなければなりません。そのためには、買い手がいつまでにいくら価値を上げることができるのかについて、②「具体的なアクションプランを持っていること」が必須です。

正直に申し上げると、この時点で日本の多くの企業が脱落してしまいます。一方、欧米のM&Aに慣れたCEOなどは、アクションプランを明確に持っている。したがって、買収発表の記者会見などで「買い手の連結EPS(Earnings Per Share:1株あたりの利益)はどれくらい増えるのですか?」など質問されると、「1年目はリストラ費用などの特別損失が出るためマイナスになりますが、2年目からは少なくとも8%は上がります。10%は狙いたいですね」などという、具体的な数字が出てくるわけです。

そう考えると、やはり事業もマーケットもこれまでやってきたビジネスとはまったく違う案件の買収は避けたほうがいい。具体的なアクションプランを描くためには、その事業をつぶさに知らなければ難しいと思います。

ちなみに、よくM&Aとは「時間を買う」ことだと言いますが、私はこの考え方には賛成できません。

当然ながら例外はありますが、M&Aの世界でよく言われる金言に、「販売会社は買うな」と言うのがあります。とくにノンエクスクルーシブ(つまりマルチブランド)の独立系販売会社を買ってもその会社の価値は上がるどころか通常は著しく下がります。

たとえばその販売会社が3割自社製品、7割他社製品を扱っていたとして、その会社を買収すればその会社の7割の他社製品販売を自社製品に転換できるかと言うと、まずできません。その会社の顧客の7割は他社製品を他の販売会社から買えば済むからです。逆に買収された販売会社は売上が7割落ちて株主価値は著しく毀損されます。

そもそも自社製品が3割しか売れないのは、自社製品の魅力が乏しいからです。販売会社を買って売り上げを増やそうとするより、自社製品の魅力を増して、向こうから売りたいと言ってくれるようにすることが正道です。

もちろん、一から事業を起こし、販路を築くのは大変な時間がかかります。しかし、買収プレミアムで時間を買ったのだからなどと言っていては買っただけで満足してしまいます。何も経営改革をしないでいれば、買った企業の価値を上げることなど到底できません。対象企業の経営を100%自分で理解し、完全に掌握したうえで、大変革を自ら主導することが不可欠なのです。

画像: 具体的なアクションプランを描くべし

経営を変えなければ勝ちはない

服部
次に、綿密な計画があっても、それを実行する権限がなければ計画は絵に描いた餅になってしまいます。そのためには、100%の議決権を得る買収が望ましいと考えます。少なくとも50%を超える買収により、③「経営権を掌握すること」が基本でしょう。

しかしながら、過去10年ほどの日米のM&Aを比較すると、米国ではすべての案件の8割以上が100%の買収ですが、日本では逆に8割以上が100%未満の買収となっています。50%未満の少数株主権の取得案件も少なくありません。

私がアドバイザーをしていた頃、M&Aの成立が見えてくると、買い手側の社長さんから呼び出され、「服部君、なんで私があの会社を欲しいと思ったかわかるかい?」などと言われることがたびたびありました。「わかりません」と答えると、「今の社長のJohn(仮名)に惚れ込んだからだよ。あの優秀なJohnに経営は任せようと思う」などと言う。じつはそれが一番まずいのです。

経営を根底から変えなければならないのに、以前の経営者に任せていたのでは変わりようがありません。ですから、元の会社の経営者には、実務を実行する部隊の長、COO(Chief Operating Officer)までは任せてもいいけれど、あくまでも具体的な経営戦略は自らが立案し指示するべきです。したがって、④「経営する能力が自分自身になければならない」ということになります。

画像: 経営を変えなければ勝ちはない

欧米企業とのM&A成功の秘訣

服部
そして、5番目の条件が、海外、特に欧米の経営者をCOOとして使いこなすためには、⑤「アメとムチの両方が必要」だということです。欧米の場合、とくに重要なアメが「お金」です。現地の当該業種、規模の経営者が通常もらっているレベルの報酬が、日本の社長の報酬の倍であったとして、それを支払わなければ一流の人を雇うことはできません。

一方で、ムチとして、「リプレーサビリティー」(置き換えが可能であること)が重要です。現地の経営者(COO)に、具体的な経営戦略を買い手側から逐一指示することで、自分は置き換え可能であるという認識を持たせることが、いい意味での緊張関係を保つことになります。

ここまで見てきた5条件を満たす日本企業の海外買収は非常に稀と言っていいでしょう。しかし、今後はぜひ、この5条件を満たせるかどうかをまず考えて、自信を持ってYESと言えるときにだけ、買収を実行してほしいと思っています。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

画像: M&Aを成功に導くために
【第3回】M&A成功の5つの条件

服部暢達
早稲田大学大学院経営管理研究科客員教授、慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授。服部暢達事務所代表取締役。1981年、東京大学工学部卒業、日産自動車に入社。1989年、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローンスクール経営学修士課程修了。1989年、ゴールドマン・サックス証券に入社、ニューヨーク、東京に勤務。1998年から2003年までマネージング・ディレクターとして日本におけるM&Aアドバイザリー業務を統括。現在、ファーストリテイリング、博報堂DYホールディングスなどの社外取締役を務める。著書に『日本のM&A 理論と事例研究』『実践M&Aハンドブック』『ゴールドマン・サックスM&A戦記』(日経BP社)など多数。

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